グリーンスクール - 遥かな影~close to you~

辻澤 あきら

第1話 遥かな影-1


             遙かな影~close to you~


 某月某日―――曇。風向、北西。


 美加が外へ出ると、もうあたりは完全に暗くなっていた。さよなら、と挨拶をして、友達と別れると家路を急いだ。

 街灯の灯火が、かすかに道を指し示しているように感じながら、いつもと同じ道なのに妙な不安に襲われていた。

 秋も深まった閑静な住宅街の道は、ほとんど人気がない。

 ―――痴漢でも出たら、どうしよう。

 そう思って公園の横を通ると、公園の灯かりは煌々と輝いていて、ほっとひと安心した。と、ベンチに人がいるのが見えた。

 ―――学生服。

 ちょっと、興味を持ったが、こんな時間に佇んでいるのは、きっと高校生だと思って美加は通り過ぎようとした。そうしながら、様子を伺って覗き込むと、少年は煙草をふかした。その仕草に目を奪われて、その方向を見ていると、相手の少年が美加に気づいた。はっとして、目を背けようとして、その少年に見覚えがあった。

「あ、美加ちゃん」

少年は、美加の名前を呼んだ。美加は無視することもできずに、言葉にならない声で返事を返した。

「やぁ、久しぶりじゃない。こっちおいでよ」

少年は手招きしている。美加はためらって近づくこともできなかった。


 少年は大谷剛といった。美加の家の裏に住んでいた。小さい頃から馴染みで、小学校の間も何度か同じクラスになった。美加が緑ヶ丘学園に進学してからは、あまり会うこともなくなった。それでも、母親同士の付き合いから剛の噂を聞くことはあった。

「ひ、久しぶりね」

「どうしたの、こんな時間に」

「あ…、塾。塾の帰りなの」

「そうなんだ。やっぱり、緑ヶ丘学園行ってると勉強が大変なんだろうな」

「ま、まぁ、それもあるけど、受験も近いから」

「あぁ…そうだね」

「剛君は、どうしたの?こんなとこで」

「オレ?オレは、まぁ…」

言いよどみながら剛は煙草を持った手に目をやった。そして顔を上げて美加の様子を見た。

「タバコ、気になる?」

「…うん。吸ってるの?」

「まぁね…。ちょっと前から…。…友達に誘われて…」

「そうなの…」

言葉は続かなかった。

 剛は足元に煙草を落とすと踏みつけて消した。美加はそんな仕草をじっと見ながら、心の中ではどうやって立ち去ろうかと思案していた。

「あのさ…」

剛が立ち上がって、話し掛けてきた。

「何…?」

「ちょっと、言いにくいんだけどさぁ…、頼まれて欲しいことがあるんだ」

「何?」

「あのさ…、ちょっと…一回でいいから、オレの先輩に会ってもらえないかな…?」

「何、それ?」

「いゃ…、たいしたことじゃないんだけどさぁ…、ちょっと…女の子、紹介して欲しいって言われて…、それで、宛がなくて、困ってたんだ。美加ちゃん…、一回でいいから、会ってやってくれない?」

「それって…、何?何なの?」

「別に、そんな厄介なことじゃないだよ。会ってくれれば、取り敢えず紹介したことになるからさぁ…。ね、お願い。困ってるんだ」

「ん……、…その人…どんな人?」

「オレの先輩でさ、城南から藤工に行ったんだ。結構、藤工じゃ有名なんだよ。名前が知れてて」

「高校生なの?」

「うん、そう」

「それって…、何か、やだ…」

「どうして…」

「だって…、何か…変……」

藤工は緑ヶ丘学園からは割と近くにある工科高校だったが、あまり偏差値は高くなく、学生の素行も悪いという評判だった。その藤工の先輩が、わざわざ城南中学の後輩に女の子を紹介しろと言いつけることに、何か魂胆があるように思えた。

「大丈夫だよ。結構、人望もあるし、友達も多いし、変な人じゃないから」

「いい、あたし。遠慮する」

 美加は後ずさりして、駆けるようにその場を立ち去った。呼び止める声が聞こえたが、聞こえないふりをして家へ急いだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る