素直になれない僕たち
杏葉あきら
素直になれない僕たち
目が覚めた。12月の朝。早く外に出ないといけないと頭ではわかっていても、体が動かない。ああ、また今年も1年経ってしまったのか。と、毎年同じことを思いながら、布団から出た。ロフトを降り、カーテンを開ける。窓ガラスが曇っている。昔のように、落書きをしてみた。きつねとたぬきの絵を描いた。昔、こうやって絵を描いて母親に「アキラは絵が上手いのね」と褒められたっけな。父親には怒られたけど。ああ、早く会社に行かないと。
窓ガラスの落書きをきっかけに、昔のことを思い出した。僕が小学生の頃、学校の裏側には山があった。先生や友達の噂によると昔の古墳みたいで、教科書に載っているほど大きくはないけれど、木が生い茂り、坂が急で近づく人もいなかった。僕らの夏休みといえば、公園に飽きたら森でセミやカブトムシを取ったり、川でドジョウやザリガニを捕まえては戻すような田舎の遊びしか知らなかった。メンバーは僕、親友のサトシ、転校生のヒロトがいつもいて、他にも公園に人がいたら一緒に遊ぶ感じだった。僕らは家も近くて、帰り道でさえふざけながら帰る、近所でも有名な仲良し3人組だった。夏休みの最初の1週間ぐらいは、それはもうこの街で行ったところは無いんじゃないかってぐらい遊び回った。唐突にサトシが「今日は行ったことないとこ行こうぜ」と言った。僕はもちろん賛成だった。しかし、ヒロトは心配そうに「あんまり遠いとお母さんに怒られるかも」と言った。少しムッとしたサトシは「別にそんな遠くは行かねぇよ。学校の裏山に行こうぜ」と言った。遊べるところは全て遊んだ気がしていたが、学校の裏山には行ったことがなかった。3人は、頂上で食べようとそれぞれのお小遣いで3人分のお菓子を買って、学校の裏山に向かった。木が風に揺れて、笑っていような感じがして怖かった。足元も木の階段が所々腐っていて歩きにくい。だいぶ上の方に来て、急にあっ!と声が聞こえた。ヒロトがしゃがんでいる。
「ヒロト、大丈夫か!」
「痛い、もう歩けない」
ヒロトの膝からは血が出ていた。足も挫いたみたいで足首を抑えている。
「今日はもう帰ろうか」と僕は提案したが、サトシは怒った。
「は?今日は頂上でお菓子食べる予定だっただろ」
「だけど、ヒロトが足痛めてるし」
「じゃあヒロトはそこで休んどけよ、俺ら2人で上行こうぜ」
「え、そんな」
「俺たちは同じ道歩いて無事だったんだ。足挫く方が悪いんだろ、なあ行こうぜ」
ヒロトが今にも泣き出しそうに俯いている。僕は、サトシの方が付き合いは長いが、転校してきたヒロトだって優しくてサトシと同じぐらい大事な友達だった。置いていくことなんてできない。
「いや、僕はヒロトのそばにいるよ」
「え、なんでだよ。一緒に行こうって言ったじゃん」
「僕は3人で行きたい。また今度行こうよ」
「なんでだよ…なんで、ヒロトばっかり。今日行くって約束したのに、アキラの嘘つき!」
気づくとサトシは泣いていた。
「あ、ごめん、その」
「もういい」
サトシは2人を置いて、走って帰ってしまった。
「アキラくん、僕のせいでごめんね」
「ううん、大丈夫。サトシも分かってくれるよ」
カラスが鳴いて、裏山にも夕焼けの光が差し込んできた。僕はヒロトに肩を貸しながら、ヒロトの家まで届けた。ずいぶん時間が経ってしまって、門限を過ぎてしまった。
玄関を開けようとしたが、閉まっていた。いつも開いているのに、何故だろう。
「ただいま、遅くなってごめんなさい。今帰りました」
誰もいないのか。いやそんなことはない、いつもお母さんがいるはずで、たまに早くお父さんが帰ってくる時があるぐらいだ。
「ただいま!お母さん、僕だよ、開けてよ」
玄関を叩いて、叫んでいると、中から叫び声が帰ってきた。
「今を何時だと思っているんだ!約束が守れないやつはこの家の子ではない」
お父さんが怒っている。僕は全身から血が抜けたみたいに、呆然としてどうしようも無かった。
「帰れ!」
と、はっきり聞こえた。僕は涙が出てきた。でも、どうすることもできなかった。帰る場所なんてないので、近くの公園に向かった。友達に会う気分でもなかった。ただ、ただ悲しかった。僕は正しいことをしたつもりだった。ヒロトを助けたら、サトシを悲しませ、お父さんに怒られた。どうすれば良かったのだろう。僕はブランコに乗り、揺られながらずっと考えていた。だんだん空が黒くなって、月が出てきた。心の穴みたいに夜空に浮かぶ月を見て、余計に涙が止まらなかった。自分の涙の方が暖かくなって、夜の寒さなんて全く感じなくなっていた。涙も乾くほど、時間が経った。もう寝てしまおうかと思った時に、公園の入口あたりから声が聞こえてきた。
「アキラ!アキラ!」
お母さんだ。ぶあっと涙が溢れた。お母さんは僕を見つけるとすぐ抱きしめてくれた。優しくてとっても暖かった。心の中まで暖まる感じがした。僕はごめんなさい、ごめんなさいと繰り返していたがお母さんは涙目になってお家へ帰ろうと言った。お母さんはヒロトの親から電話がかかってきて、遅くなった理由を知ったようだった。
「アキラは優しくて偉い私の自慢の息子よ」
帰り道、お母さんは僕の手をぎゅーと握って言った。僕は自分のやったことが正しいことだと初めて認められた気がした。手の温もりが、何よりも優しくて、心に染みた。僕は、涙をこれ以上流さないように必死に微笑んだ。
家に帰ると、お母さんにお父さんから話があると聞いた。僕は少し怖かったけれど手を洗って、うがいをしてお父さんのところに向かった。お父さんは僕をじっと見て静かに言った。
「アキラ、ごめんな」
僕は大人の人が子どもに謝ることはないと思っていた。とても不思議だったが、お父さんは心の底から謝っていたのが分かった。
「何も知らず、アキラを悪者扱いしてすまなかった」
「ううん、僕も次は早く帰るようにするね」
お父さんは僕を見つめて、優しく微笑んだ。それから、押し入れから2つのカップ麺を出した。
「これ、食うか?お腹空いてるだろ」
目の前には、赤いきつねと緑のたぬき。
たしかに、あれからずっと食べ物を食べてなかった。家に着いた安心感もあって、お腹が空いてきた。
「食べていいの?」
「ああ、好きな方を食べていい」
僕は赤が好きだから、赤いきつねを選んだ。お父さんはヤカンでお湯を沸かして、一緒に食べた。厚揚げのジューシーな味わいと、程よく甘い汁が美味しい。心と体に染み渡った。緊張も解れたようで、いろいろ学校のことや遊んだこと、いつもあんまり話せなかった分たくさん話した。夜食は別腹って言葉も教えてもらったっけな。
翌日、ヒロトの家にお見舞いに行こうと玄関を開けた時ちょうどサトシが家の前にいた。数分間、無言の時間が流れた。何かを言いたそうに口を動かしているが、言葉になっていなかった。ふいに目線が合って、サトシは小さく言った。
「あ、あのさ、昨日はごめん」
「ううん、いいよ」
「やっぱ3人じゃないとつまんないしさ」
「うん」
「だから、ヒロト治ったらまた一緒に行こうな」
「うん、楽しみにしてる」
僕らは一緒にヒロトの家に行き、サトシはヒロトとも仲直りをして、頂上で食べようとしていたお菓子を食べたり、家でゲームをして遊んだ。
会社から帰ると、宅配便が届いていた。宛先を見ると、親からだった。なんだろう、と思いダンボールを開けると中には赤いきつねと緑のたぬき、お菓子の詰め合わせが入っていた。さらに、小さな手紙も入っていた。
「寒い時期なので、お体に気をつけて 母より」
「暖かくして過ごしてください 父より」
社会に出て少し寒くなっていた心が少し暖かくなった。今もこうして暖めてくれる人がいることに感謝しないといけない。僕は涙目になりながら、思わず口に出していた。
「本当にありがとう」
素直になれない僕たち 杏葉あきら @akira_20
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