宝石は語らない

寄賀あける

1

 最初の犠牲者は野イチゴをみに出かけた農家の娘だと思われていた。


 前日の夜、朝ご飯の時に野イチゴがあるといいな、と言った兄のため、早朝に出かけ、朝食には戻るはずが昼になっても戻らない。最初はどこで遊んでいるのかと腹を立てていた両親も夕方には心配になって居ても立ってもいられなくなった。出かける原因を作った兄としては何としてでも無事に見つけ出したいと、捜索隊と共に探し回ったが夜半になっても見付けられない。


 水車小屋の裏手で変わり果てた姿が見付かったのは翌朝の事だ。知らせを受けて駆け付けた兄は妹にすがって号泣し、引き離すのが大変だった。母親は娘をひと目見るなり失神し、父親は息を止め思考を止めた。小さな弟や妹たちは姉と対面さえさせてもらえなかった。


 思いやりからである ―― 遺体には『眼』がなかった。


 その日の夕方、四日前に炭焼き小屋に炭を取りに行った男が小屋のかたわらで遺体となって見つかった。可哀想な娘の事もあり、遅い帰りが心配になった妻が様子を見に行って発見したのだ。


 そして……やはりその目はり貫かれていた。更に狼などに食われたのだろう、見るも無残な様子だったと言う。妻は高熱と体の震えが治まらず、気の毒にそのまま寝込んでしまった。


 出かけるときに妻が持たせた丸パンとチーズには手が付けられておらず、小屋のテーブルに持たせた時のまま置いてあった事や、傷や動物に食害された様子から、小屋に着いてすぐ、つまり四日前の朝に被害にあったと推測された。


 この男が第一の犠牲者だった。


 眼窩がんかにあるはずの眼球がなく、しかも出血した様子もないと言う手口は野生動物の仕業とは考えにくく、街は総出で山狩りをしたが、そう簡単に犯人が見つかるものではなかった。


 炭焼きの場合はともかく、娘のほうは目を刳り貫かれた以外の外傷(それも出血がないのだから、外傷と言っていいものかどうか)がなく、抵抗した後さえない。眠っているところを襲ったのだろうか。


 娘に恋人がいて、その男が犯人か、と思えなくもなかったが、そうなると炭焼き小屋での犯行に納得がいかない。犯人が別にいることになる。こんな凶悪犯が二人もいるなど考えたくもない。


 どちらにしろ小さな街の事である。皆、顔見知りだ。その顔見知りの中にこんな惨いことをする人物は思い当たらない。となると、旅人に疑いが向くが、長逗留の旅人は滅多におらず、一晩だけで次へ行く者ばかりだ。


 四日前に炭焼き小屋で人を殺し、翌々日に娘を水車小屋で殺すには、少なくとも一晩、どこかに潜んでいなければならない。山狩りの範囲を山に限らず、街の周辺全域に拡大し、三日に渡っての捜索の結果、誰も潜んでおらず、誰かが潜んでいた痕跡も見付けられなかった。水車小屋や炭焼き小屋は勿論、街の中、山の中、畑わきに作った小屋という小屋、馬小屋や豚小屋、鶏舎に至るまで侵入された様子がない。ならば、旅人が犯人説は撤回するしかない。


 このあたりで街に住む誰かの犯行かと、街人たちに疑念が生じ始める。でも、だとしたら誰が? 人の口に戸は立てられぬ。勝手な噂が独り歩きし始め、そんな中、第三の犠牲者が発見された。


 朝食に使おうと、鶏小屋に卵を取りに行った母親を手伝うために娘が後を追って、母屋を出てすぐに悲鳴を上げた。その悲鳴に主人が大慌てで家から飛び出せば、母屋から数歩のところで腰を抜かした娘と、鶏小屋の手前で眼窩が暗いほらとなった顔をこちらに向けて横たわる妻を見ることになった。


「女房の悲鳴はなかった」

 己が家の庭に建つ鶏小屋の前で女房が殺された。しかも家には自分も娘もいたのに全く気が付かない間に。


「鶏たちはいつも通りコッココッコと鳴いてたよ、あぁ、暴れたり怯えたりなんざしてなかった」

なのに女房は殺された。


「女房の周りには卵が五つ、七羽いる雌鶏のうち今朝は五羽、産んだんだな」

亭主の目が遠くを見つめ、涙が浮かぶ。


「それをあいつはエプロンに、きっと大事に包んでたんだ。いつもそうするからな」

 エプロンからこぼれた卵は一つを除いて割れていなかった。女房の頭に近いところに落ちた卵が一つだけ踏みつぶされていた。


 女房は母屋に向かって倒れていた。娘はその顔をまともに見て叫び声をあげ、亭主はその叫び声で家から飛び出したが、やはり何事かと飛び出してきた近所の男に止められて女房に近寄っていない。卵を踏み割ったのは犯人だ。


 すぐに周辺が捜索されたが、近所は総出で顔を見せたし、その辺りはそれぞれ広い庭を取った人家ばかりの場所だ。


 隙間のような短時間での犯行と逃げ足の速さは、いろいろあった噂の一つをもっともらしく裏付けるのに役立った。犯人はあの魔導士だ。あの嘘つき魔導士だ。あいつなら馬を持っているから炭焼き小屋にも水車小屋にもすぐ行ける。


 何かの薬か魔導術で被害者を眠らせることもできる。その上で、やはり魔導術を使って眼球のみを取り出したのだろう。確かに、それなら出血がないのも頷ける。


「だが、ちとイメージが湧かぬ」

 長老が言う。


「確かにあの魔導士ならば可能な仕業かもしれぬが、あの性格と能力と体力で、こんな思いきったことが果たしてできるかね」

確かに、と皆 うなずくか首をかしげるか迷い顔だ。


「以前、単独でドラゴン退治に成功したがあれはまぐれってこともある。だいたい今までおとなしくしてきたのに、今更何で急に」

「機が熟したのではないでしょうか。それを待っていたのでは」

「だとしたら気長なこと。あれがあそこに住み着いて何年経つか誰か知っているか」

「たった三年半でございます」

「ふむ……」


 噂の魔導士が売ってくれる若返りの薬を街人には内緒でご愛用の長老にとっては、本音を言えば魔導士が犯人では困る。そもそもこの街に唯一の魔導士なのだ。いなくなられるのは何かと困る。


 旅人として訪れたうら若い魔導士を、なかだまして定住させたのは長老だった。


「かといってあの魔導士が犯人だと言う確固たる証拠もないしな」

街人たちはまた、頷くか首を傾げるか迷っている。


 実は長老と同じで、殆どの街人はあの魔導士から内緒で何かしらを購入している。だから噂はするものの、本心から魔導士が犯人とは思えない。夜半にこっそり買いに行くと、いやな顔一つせず迎え入れてくれ、帰りにはにっこりと送り出してくれる。

欲しかったものを手に入れた喜びで高揚した心は、その笑顔でますます幸せな気分になった。客は皆、魔導士に好感を持っている。魔導士を本心からは疑えない。


 だが、噂が広まれば、そんなことはなかろう、と言えないのも人情である。何しろ、実情はどうあれ、表面的には街の爪弾き者だ。


 街に来てすぐ、パン屋の主人に渡した風邪薬が、下痢と湿疹を引き起こし、挙句の果てに骨折させてからというもの、信用ならない、と言われるようになってしまった。


 いっそ定住の話を反故ほごにして追い出そうかとも思ったが、『魔導士がいる街』というステイタスを長老以下有力者が欲しがったのでそのまま街の一画に土地を与えた。子のいない持ち主が亡くなった後、相続人が見つからず、街の持ち物となっていた荒れたリンゴ畑だ。その土地は今やリンゴやオレンジ、桃などの樹木に囲まれ、魔導士の家には林の中の一本道を通り抜けなければ辿り着けなくなっている。


 道を外れても行けそうなものだが、なぜか辿り着けず、道を外れた場所に戻っている。きっと魔導術だと内心思っているが、魔導士本人は『木の植え方をそうしたから』と言っている。


 もともと与えた土地よりもかなり広い気もするが『気のせい』と片づけられる。周囲に住む者の土地が減っているわけではないのだから、そうかと納得せざるを得ない。


 魔導士のことは好きだが信用はできない、というのが街人たちの本心かもしれない。


「と、言う訳で、俺がおまえを引っ張り出すよう命じられたのだ」

とロファーが言う。

「どんな訳だよ……」

呆れ顔でジゼルが答える。第三の犠牲者が出た翌日の事だ。


「お前が犯人かどうか見てこい、犯人でなければ犯人捜しを手伝わせろ」

「長老のご命令ですか。相変わらずあのおかた、自分勝手だね」

 せめて自分で来いよ、と口の中でぶつぶつ言う。


「てな訳でさ、ジゼルさんよ、神秘王さんよ、何とかしておくれ」

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