第327話 美の商人

 この国の絶対的権力者である王妃様と二人のお姫様によるクーヤちゃん包囲網。


 ハイドリムドのお城という完全アウェイの中、王妃様のウザ絡みによってお姉ちゃん達はプルプルしているだけのオブジェと化してしまったので、この絶体絶命のピンチはボク一人の力だけで乗り越えなければならないようだ。



「このお城にずっと住むのは無理なのですよ。来年から『オルガライド』の学校に行くことになっているのです!」

「オルガライド?ミミリア王国にある街の名前かしら。でも却下しますわ!庶民の学校よりも、ハイドリムドで英才教育を受けた方がいいに決まってますわ!」


 ぐぬぬぬぬ、暴君め!


「それにボクは『美の商人』でもありますので、美を求めるマダム達のために、一刻も早く仕事に戻らなければならないのです!」

「・・・美の商人?」

「というわけで、マリアお姉ちゃん!」



 ボクが突然『マリアお姉ちゃん』とか言い出したので、レオナねえ達が目を大きく開いた。でも大丈夫!安心してください。


 お姉ちゃんと呼ばれて怒る女性など、この世に一人も存在しません!


 中学生だろうが王妃様だろうがお年寄りだろうが、街の中で『お姉ちゃん!』と聞こえたら、全員がパッと振り向くモノなのですよ!



「マリアお姉ちゃん・・・、そんな呼び方をされたのは学生の時以来ですわね~!」



 当然ながら、王妃様は今の一言で30%ほど機嫌が良くなった。

 今がチャンスと、ペカチョウを召喚し、ハム水の樽と洗面器を出してもらう。



「今よりもさらに美しくなりたいとは思いませんか?」

「美しく・・・ですって!?でも商人口調で、何やら嘘くさいですわね~」

「安心してください。『美の商人』は人を騙したりなんかしません!その証拠に、今すぐマリアお姉ちゃんを美しくしてみせましょう!」



 王妃様の手を引き、鏡付き洗面台の方を向かせた。

 そして柄杓を使い、洗面台に置いた洗面器の中にハム水を注いでいく。



「私も長いこと商人をやっていますが、これを手に入れた時、その驚きの効果に思わず『聖なる水』と命名してしまいました。肌に染み込ませるだけで美しくなってしまうという大自然の奇跡を、是非体感してみてください!」


 普段なら怒涛のツッコミが飛んでくるようなセリフなのですが、お姉ちゃん達はプルプルしているただのオブジェと化してしまっているので、少し寂しいですね。


「肌に染み込ませる?」

「両手で聖水を掬って顔にパシャパシャしたり、腕にぶっかけたりしてください」

「思ったより適当ですわね~」



 パシャパシャ



 嘘くさいと怪しんでたわりには、素直に聖水で顔を洗い始めた。

 ハム水は匂いも無いし、見た目も普通の水と変わらないですからね~。


 顔を洗う程度だと効果が現れるまで少し時間が掛かるので、適当な作り話で時間を稼ぐことにした。



「アレはいつの日のことだったか。ミミリア王国にある未開の地の奥深く、危険な魔物達が犇めく森の先に、この『聖なる水』が湧いているのを偶然発見しました」


 美の商人は静かに語り始めた。


「その時女性の連れが一人いたのですが、その湧き水で手や顔を洗って1時間も経った頃でしょうか?眩いばかりの美肌になっていることに気が付いたのです!本当に驚きました。手の震えが止まらなかったのを、今でもよく覚えています」


 美の商人は、遠い目をして当時のことを思い出す。


「とは言っても『聖なる水』の湧く量は極わずか。1年待っても、手に入れられるのは樽三つ分ほどにしかなりません」


 後ろでお姉ちゃん達が、『王妃様にそんな大噓ついて大丈夫!?』って顔をしていますが、全然問題ありません。バレなきゃいいんです!!


「近所のマダム達にも『そんな危険な場所に行くなんて無茶よ!』とよく言われますが、この『聖なる水』にはそれだけの価値があるのです!それに危険な場所だからこそ、ボクじゃなければ辿り着くことが出来ないのです!」



 そう、ボクがミミリア王国に帰らなきゃならない理由はこれなのだ!



「クーヤちゃん」


 しまった!適当なこと言ってるのがバレたか!?


「顔が濡れたままでは気持ち悪いですわ。そろそろ拭いてもいいかしら?」


 違った。ただの苦情だった!


「ん~、もう少し我慢した方が効果的なんだけど、今回はお試しだから拭いてもいいですよ」



 基本的に我慢ができない悪役令嬢には、これくらいで限界らしい。



「ふ~~~~~、死ぬかと思いましたわ!!・・・ん?」



 顔が濡れている程度で死ぬなんて、ちょっと脆弱すぎません!?


 あ、王妃様が鏡に映った自分の顔をじっと見つめている。

 1分ほどフリーズしたあと、聖なる水をパシャパシャかけた腕に視線が移った。



「あれ?お母様のお肌がつやつやしているような・・・」


 バッ!


 王妃様がかなり食い気味に、ロゼフィーナお姉ちゃんのいる方に振り向いた。


「フィーナもそう思う!?」

「え?あ、うん」



 もう一度鏡を見て、自分の顔をチェックした王妃様がニコッと笑った。



「これは本物ですわ・・・」



 聖水をつけた時間がかなり短かったので、正直ボクには肌艶の変化がわからなかったんだけど、美を追求するプロには一目で違いが感じ取れたようだ。


 さすが貴族だな~と感心していたら、王妃様がハム水の樽を見つめていた。



「さすがマリアお姉ちゃんなのです!『聖なる水』にどれほどの価値があるか、一瞬で気付いてしまいましたね」


 だが、まだ半分だ!


「ところが『聖なる水』の凄まじさは、美肌効果だけに留まりませんでした。腰痛や肩こりなどにもよく効き、傷口に塗って治癒魔法を掛けることで、回復効果を高めることまで出来るのです!」


「「おおおおおおおおおおーーーーーーーーーーーーーーー!!」」


「・・・とまあ、信じられないほどの効果を秘めた奇跡の水ですので、これを求めるマダム達は後を絶ちません。でもボクと王妃様の仲です!特別に3000万ラドンで、その樽を譲ってあげてもいいですよ」



(金取るんかい!!)

(あの子、王家からボッタくろうとしてるんだけど!)

(3000万って、ハム水騒動の時に私が適当につけた値段だよ!)

(しかも今回限りじゃなく、毎年買ってもらおうとしてませんか?)

(さすクー)



「もちろん買いますわ!」



((しかも売れたし!!))



「お買い上げありがとうございます。感謝の気持ちを込めて、最後に一つ耳寄りな情報を教えて差し上げましょう。この『聖なる水』ですが、毎日少量を飲むことで、病気知らずの健康体を手に入れることも出来るのです!」


「健康な身体に!?」


「ボクのお姉ちゃん達が証人ですね。初めて『聖なる水』を飲んだ日から今日この時まで、彼女達は病気知らずです!ただし死ぬほどマズいです。こればかりは苦い薬と思って我慢するしかないですね~」



(確かにハム水を飲んで以来、ずっと絶好調だな)

(なるほど~、病気知らずは当たってるかも)

(ハム水なんて罰ゲームでしか飲んでないけどね!)



 後ろでお姉ちゃん達がすごく小さな声で会話してるけど、何をしゃべってるのかは大体想像がつきますね。



 王妃様が侍女からコップを受け取り、その中にハム水を注いでもらった。



 ゴクッ ゴクッ ゴプォッ!



 あまりの不味さに破滅寸前の音が聞こえたけど、流石は貴族。

 噴出を堪えてハム水を飲み干した。



「まっず・・・。でも飲み干しましたわ!」


「初めて口にしたのに飲み干せるとは、さすが貴族様なのです!もうその樽は王妃様のモノなので好きに使ってどうぞ~。お姫様達も試してみるといいのです!」


「そうね!フィーナもアンナもこっちにいらっしゃいな」


「「はーーーーーーーーーーい!」」



 お姫様姉妹が王妃様の側に集まり、三人で『聖なる水』を肌に塗り始めた。



「ところでお母様、これからはクーヤちゃんもお城に住むのよね?」

「お仕事があるからミミリア王国に帰るわよ?『聖なる水』を使い切ってしまったら、わたくし達が困ることになるもの」


「「エエエエエーーーーーーーーーーーーーーー!?」」



 よっしゃーーーーーーーー!美の商人作戦、大成功なのです!!

 

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