第136話 死闘 ――諦めてからが本番です――

 最後の大勝負を決断した『黄色と黒』は逃げるのをやめ、背後から迫るドラゴンと向き合った。


 幾度のブレス封じを経験したドラゴンは、もうかなり前から炎を吐くのをやめているので、大口を開けることなくそのまま突進して来る。



「いくぞドラゴン!これが本気を出したボクの全力攻撃だ!!」



 魔力が満タンならもっと召喚獣を出すことも可能なんだけど、ドラゴン相手に弱い召喚獣を何体突撃させようが、まるで意味を成さない。


 故に今から繰り出す攻撃がボクの全て。


 あんなのを倒そうなどとは思っちゃいない。

 ヤツの気を逸らして横をすり抜けることが出来ればそれでいい。


 目的はただそれだけ。



「トレント召喚!」



 ドガッッッッッ!


『ギュアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』


 突如目の前に出現した何本もの大木に激突したドラゴンが、痛みで悲鳴をあげた。



「ゴーレム召喚!ドラゴンを地上に引き摺り下ろせ!!」



 体勢を崩したところで3体のゴーレムにしがみつかれたドラゴンは、堪らず地面へと墜落する。


 ドガアアアアアアアアアアアアアン!!



「トレント消えろ!全トレント召喚!ドラゴンを押し潰せ!!」



 ドン! ドン! ドン! ドン! ドン! ドン! ドン! ドン! ドン! 


 ドラゴンの頭上にトレントを大量召喚し、樹の雨を降らせる。



「ゴーレム消えろ!ゴーレム召喚!頭上からドラゴンを全力で殴りつけろ!」



 ドラゴンの上空に出現した3体のゴーレムが、振りかぶった全身全霊の拳をドラゴンの頭部に叩き込む。


 ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!



「メルドア召喚!ゴーレムに続け!最強召喚獣の力を見せてみろ!!」


『オン!!』



 一際白い魔力の輝きに包まれたメルドアが、一条の光となって上空からドラゴンに襲い掛かる。



『ギュアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』



「残りの特別攻撃隊召喚!恐れずドラゴンに向かって突き進め!!」


『ヴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』



 その雄姿を見届けることなく、タマねえの方を振り向く。



「行くよタマねえ!この瞬間を逃さず、ドラゴンの横を駆け抜ける!!」

「うん!!」



 自分のトナカイをタマねえが乗るトナカイと並走させ、召喚獣達に揉みくちゃにされているドラゴンと森の間の細い隙間に向かって突き進む。




 ―――――しかしドラゴンは、自分に襲い掛かる召喚獣など見てもいなかった。




 自分に危害を加える者達の元凶。

 数多くの魔物を従える非常に危険な存在。


 小さな二人の子供だけ・・を狙って、過去に数え切れぬほどの魔物を屠ってきたその太い尻尾を振り抜いた。




 ◇




「あっ」



 迫り来るドラゴンの尻尾を見ながら、ボクはみんなの顔を思い浮かべていた。



 お母さん、クリスお姉ちゃん、レオナねえ、ティアナ姉ちゃん、リリカちゃん。


 そしてアイリスお姉ちゃん、ナナお姉ちゃん、ライガーさんと、思い出をなぞるように、その優しい笑顔が次々と思い浮かぶ。



 ・・・もしかして、これが噂に聞く『走馬灯』ってヤツなのでは?



 そうか、ボクはここで死ぬのか。


 タマねえ本当にごめんね。


 ボクについて来なければ、もっと長く、幸せに生きられたのに。



 ・・・ドラゴンの野郎、召喚獣にボコボコにされながらも、ボクとタマねえだけを見ていたんだな。


 見た目は取るに足らないガキンチョなのに、脅威となる存在はこの二人だけだということを完全に理解し、虎視眈々こしたんたんとチャンスを伺っていたんだ。


 こりゃ完敗だわ。流石は最強ドラゴンだけのことはある。


 しかし享年5歳はちょっと早過ぎないかい?

 もう少し長く生きたかったな・・・。



「クーヤ!!」



 その声が聞こえた瞬間、身体が宙に浮いていた。


 そしてショタを抱えたタマねえが地面を蹴って後ろへと跳ぶ。



 ビュン


「うぎッ!」



 ドラゴンの尻尾が目の前を通過し、その直後、ボクはタマねえに抱きかかえられたまま地面を転がっていった。



 ズザザザザザーーーーーーーーー!


「がハッッッッッッ!!」

「かひゅっ!」



 地面に倒れ込んだまま数秒間、息が出来なくて身動きがとれなかった。

 しかしドラゴンの尻尾攻撃を思い出して上半身を起こす。



 見ると召喚獣達の攻撃は未だ継続中で、ドラゴンはその対処に追われていた。



「い、生きてた。タマねえありが・・・タマねえ!?」



 依然ボクを抱えたままのタマねえ。

 しかし頭から血を流してるのがわかった。



「タ、タマねえ!大丈夫!?」



 大丈夫じゃねえよ!見りゃわかんだろ!!

 おそらく尻尾の攻撃を受けていたんだ。ボクの守る為に身代わりとなって。



「・・・・・・・・・・・・」



 違う。

 今はタマねえを揺すったりしている場合ではない。


 彼女のことはすごく心配だけど、すぐ次の作戦を考えて行動に移さねば、二人とも確実に殺される。


 しかしドラゴンの横をすり抜ける良い方法なんてあるのか?これ以上無いくらい完璧なタイミングで行って失敗したんだぞ!?


 それを今からもう一度繰り返したところで、アイツがそう簡単に見逃してくれるわけが・・・、ん?



 完全に行き詰ったことで、自分の思考から柔軟さが失われていることに気付く。



「・・・・・・違う。ボクは間違っていた」



 なぜ逃げることしか考えなかった?

 この窮地から抜け出すたった一つの方法は逃げなんかじゃねえ!



 簡単なことだ。ドラゴンを倒せばいい!



 レイドボス?ドラゴン?だからどうした!ただのデッカイ爬虫類じゃねえか!!

 やってやんよ。人間をなめんな!ショタなめんな!!


 思考を真逆に変えたことで、身体に闘志が漲って来た。



 しかし急がないとタマねえが危ない。

 とっととドラゴンを倒し、すぐにタマねえの治療をする。

 二人が生き残る道はこれしか無い!



「レンクル1号2号召喚!ビニール紐召喚!ハサミ召喚!」



 ビニール紐をハサミで切ってから、レンクル1号と2号の足に結んだ。


 よし、これで準備は整った!



「バール召喚!」



 万が一を考え、タマねえの横にバールを置いた。


 もしボクが死んだら、タマねえは一人で街に帰らなきゃならないからね。

 武器があれば少しはマシだろう。でもボクが死んだら消えちゃうかな?



「レンクル1号と2号、ちょっと離れて。はいストップ!よーーーし、目指すはドラゴンの頭上だ!」



 短距離だし、小さな子供一人くらいならばきっと運べると思うんだよね。


 レンクル達に結んだビニール紐を握りしめる。



「じゃあタマねえ、ちょっと行って来るね!レンクル1号2号、空に舞え!!」



 バサバサッ



 レンクル達が羽ばたくと、彼らを結んだ紐を握りしめていたショタも一緒に空へと舞い上がった。


 到着までに召喚獣達がやられたら作戦は失敗だ。一刻の猶予もない。



 ドラゴンの頭上へと、どんどん近付いて行く。



 奮闘するメルドアやゴーレム達を見て泣きそうになるが、涙を堪えながらドラゴンの頭上にまで到達した。



「・・・恐れるな。行けッ!!」



 ビニール紐から手を離す。


 命綱なんか無い。ここからは全て一発勝負だ!



 あひるポンチョをはためかせながら、ドラゴンの頭部に向かって落下して行く。


 あと少しだ。あと少しで・・・!?



「嘘、だろ!!」



 ドラゴンと目が合った直後、こちらに向かって大きく口を開くのが見えた。


 ブレスだ・・・。ドラゴンのヤツ、気付いてやがったッッ!


 こうなったらもうどうしようもない。

 ボクの負けですね。



 ザクッ



 ―――――しかし諦めた瞬間、ドラゴンの上顎にバールが突き刺さった。




『ギュアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』



 タマねえだ!!

 ボクがピンチになると、必ずタマねえが助けてくれるんだ!!


 ならば絶対に負けるわけにはいかない!

 見せてやるよ!『黄色と黒』の本当の力を!!



 ドラゴンの頭なんかに用は無い。

 狙いはココだ!!



「鉄板召喚!!」



 だが一枚じゃ足りない。



「ダブルだ!!」



 アイテム召喚でまさかの二枚目を手に入れてしまい、床に大穴を開けて家族にめちゃめちゃ叱られたのが懐かしい。



 空中に並べられたその二枚の鉄板が、ドラゴンの首を綺麗に切断した。


 

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