狩りの獲物
@mia
第1話
トロフィーハンティングを初めて知ったときに、幼かった僕は大きなショックを受けた。
食べもしない動物を殺すなんて、間違っていると。獲物の命も同じ命、ありがたく頂かなければいけないと。
鹿の血抜きをしながら、そんなことを思い出していた。
食料の供給が止まったのは五年前、僕が二十三歳の秋だった。
最初はネットの荒唐無稽な書き込みだと誰もが信じていなかったが、すぐに現実のことだと分かった。
店の食料品の棚の補充がなくなったのだ。いつもは商品が少なくなると店員が補充していたのに、空きが増えていき二度と埋まることはなかった。
住んでいる地方自治体から災害時の備蓄食料を配布すると政府のアナウンスがあったが、それだけでは生きていけないのは明らかだった。
園芸店やホームセンターから野菜の苗や種があっという間になくなった。
そして、人が死に始めた。
自殺や一家心中だ。
自力で食料を調達できない人たちだった。生きていく未来が見えない人たちだった。水道や電気、ガスは今までと同じように使えたが、水だけでは生きていけない。
これは、他人事ではなく近い将来訪れる死だった。僕に訪れるその時の死は、餓死という名だろう。
二日後から鉄道が止まるという日に、あるうわさが流れた。
外国から食料を積んだ船が日本の○○港に着くという眉唾な噂だが、大勢の人が信じた。
○○には、横浜、神戸、広島、博多など名前の知られた港から、地元の人しか分からないような港まで何百とあった。
他国に食料を渡せる国などないと知っているはずなのに、人々は移動した。最後の移動になるだろうと誰もが思っていた。
移動した人は、三種類いた。
何のデータだか分からないが、自分で分析し考えて、食料が来るであろう港へ行く人達。港へ向かう人に勝手についていく人達。それ以外の人達。僕は三つ目を選んだ。三年前に亡くなったじいちゃんの家へ行くことを選んだ。
小学一年生から中学二年生までの夏休みを過ごしたじいちゃんの家へ。
じいちゃんの家は結構な田舎の山のふもとにあった。隣の家まで数百メートルもあるようなところだった。ばあちゃんが亡くなってからも一人で畑仕事をしながら生活をしていた。
まだ、家も家の中の物も畑も処分していない。
伯父と母と叔父で相続したが、思い出があるのと面倒なのと処分にお金が予想以上にかかるのといくつも理由があり、そのままにしてあるのだ。
両親にこのことを話すが、反対されたので僕一人で行くことにした。素人に畑仕事は無理だとか、畑があっても植えるものがなければ意味がないとか、いろいろ言われた。僕にはある考えがあったが、一緒に行く気のない両親には話さなかった。ここに残る両親がこれからどうするのかはあえて聞かなかった。
二度と会うことはないであろう両親に最後に挨拶をして、家を出た。初めての一人暮らしが今生の別れになるとは想像もしていなかった。
電車に乗るとき、駅員さんに心配された。「港へ行くのは反対だよ」と。「祖父の家に行く」といっても心配そうな表情は変わらなかった。首を吊るために山へ行くのだと思われたのかもしれない。リュックサックの中にはロープが入っているとでも思われたのか。入っているのは水と食料と塩と何度も使えるマッチと固形燃料だ。
死ぬためではなく生きるためのものが入っている。
この親切な駅員さんが幸せでありますように、なんて柄でもないことを思いつつ電車に乗る。
半日かかって、やっと祖父の家に着いた。
電車は予定通りに駅に着いたが、その先のことを忘れていた。いつもはじいちゃんが、ばあちゃんが生きていたときはじいちゃんとばあちゃんが車で迎えに来てくれていたのだ。
待ってもバスは来ない。もう運転していない可能性もある。駅員に確認しようにも、無人駅で誰もいない。
もしかして、ここから先にはもう人が住んでいないとか。
バスがあってもなくても、人がいてもいなくても僕はじいちゃんの家に行かなければならない、生きるために。
駅の周りに止めてある車を何台か確認するとラッキーなことにキーをさしたままの車があった。
慌てて電車に乗ったのだろうか。車の持ち主がどうなったかは分からないが、ここに戻ってこないことだけは分かる。
考えた末拝借して、じいちゃんの家へ向かう。
母から借りたカギを使い家の中に入るが、思っていたのとなんか違う。
三年間閉め切っていたのだから、もっとほこりっぽいとか、よどんだ空気とか想像していたが、そんなことはなかった。
家に上がり、まず台所へ行く。つい、いつもの癖で冷蔵庫を開けてしまうが開けて驚く。明かりがついたのだ。庫内も冷たい。
思わず周りを見回す。誰かいるのか。
水道の蛇口をひねると水が出てくる。
おかしい、絶対におかしい。空き家になって、止めたはずだ。
包丁スタンドから包丁を手に取り、一階の居間、和室、トイレ、風呂場、二階の和室を二部屋順にみて回るが、誰もいなかった。
誰もいなかったが、誰かが住んでいた跡があった。布団が敷きっぱなしになっている。
台所に戻り調べると、いろいろ見つかるがビール三箱あるのを見て誰がいたのか分かった気がする。
浩二叔父さんだ、このビールが好きなのは。
こんな何もないところに来るのは、土地カンのある人だけだ。多分。
とりあえずは水と電気が来ていることを喜ぼう。
包丁を持ったまま外へ出て畑へ行くと、見覚えのある葉が一画に生えている。サツマイモだ。
叔父さんが世話をしていたのかそこだけは他よりきれいになっている。
思わぬ食料に笑ってしまう。想像していたよりいい方に向かっている。
納屋へ行く。ここに僕がじいちゃんの家に来ることを選んだ理由がある。
猟銃があるのだ。罠もある。
じいちゃんが畑を荒らす猪を捕まえ、仕留めるために使っていたものだ。近くの山には猪や鹿がいるのだ。
登録していた銃と弾はじいちゃんが亡くなったときに警察だかガンショップだかで廃棄の手続きをしたので今はないが、それ以外の銃、弾が残っている。どうしてそんなのがあるのか詳しくは知らない。友達から譲り受けたと小さかった頃に聞いただけだ。
納屋の奥から記憶にある箱を探し出し中を見ると、何重にも布や紙に包まれた目的の品があった。
満足のままその日を終えた。
翌朝も、昨晩と同じく電子レンジで温めたサツマイモを食べた。
いつ電気が止まるか分からないので、電子レンジの使用も考えなければならない。
おいおい考えよう。
今日は隣の家へ行ってみようと思う。
……誰もいなかった。
両隣とその隣の四軒の家へ行ったが、一人もいなかった。玄関、庭、家の裏と何回も声をかけたが反応なし。
さすがに家に上がり込むようなことはしなかった。
配給がもらいやすいように公民館や集会所で寝泊まりしているのならいいが、家の中で自殺していたらと思うと入れなかった。
収穫は隣の小さい畑の長ネギとその隣の柿だ。
家に帰ってからは、罠の仕掛け方の動画を見ていた。いくつか見ていると途中で猪の解体動画が出てきたので、それも見た。いずれ、やらなければいけないのだから。
時間があれば、何回も見た。
翌日に畑に罠を仕掛けた。
その翌日は家にあったキノコ図鑑と野草図鑑と銃を持ち山へ行った。
猪にも鹿にも出会わなかったが、キノコを見つけた。図鑑を見ると食べられるキノコだった。
夜にしょうゆで煮て食べたら腹を壊した。サツマイモだけ食べればよかった。死ぬかと思ったが死ななかった。
腹痛に苦しみながら思った。浩二叔父さんも山のどこかでキノコ間違えたのかもしれない。
朝、夜とサツマイモが続き飽きてきたとき、畑の罠に猪がかかった。
初めて命に銃を向けて、手が震える。
暴れる猪を三発で仕留めた。
動画を思い出しながら解体を始める。ケガをしないように慎重に進める。
途中で気持ち悪くなり吐いたが、何とか解体を終える。
自分はこんなに不器用だったのかと驚くほど、肉も毛皮も傷がついてた。
片づけを終えるとすぐに寝てしまい、肉を食べたのは翌日だった。感謝しながら食べた。次に猪が罠にかかるのは、翌年だった。
この五年間よく生きていたと思う。
一日一食。サツマイモや野草、キノコ、木の実など。
知らずにヤバイモノを食べて苦しんだのは、一度や二度じゃない。
肉を食べたのも猪が二頭。畑に来なくなってからは食べてない。
山の中では、見つけられなかった。
肉を求めて山に入り、見つからずに家へ帰る。これを何回繰り返したのか。
今日やっと鹿に巡り合えた。初鹿。
解体を終え肉を持ち、山を下りる。疲れたのだろう家に着くと寝てしまった。
五年前、理由も原因も分からずに食料が無くなったのと同じように、理由も原因も分からず食料が出回ることがあるのだろうか。元の生活の戻ることが……。
僕は祈った。
こんなに真剣に祈ったのは、生まれて初めてだ。
「ありがとうございます。今日までなんとか生きてこられました。感謝します。そして、ごめんなさい。自分に嘘をつきました。人を鹿だと。ごめんなさい。ごめんなさい」
狩りの獲物 @mia
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます