拾肆  決別

 額に包帯を巻かれた美冬は眠っている。ついていた侍女は気を使って退室した。

 顔を見るだけだと決めていた秋人はもっと近くで見ておこうと膝をおり、正座する。そばに寄ると聞こえる寝息が生きているのだと実感できた。

 火鉢が置かれているが、部屋は冷えている。もしかしたら、今日も雪が降るかもしれない。赤い記憶を消してくれと願い、梅の枝を折ってくれるなとも願う。気付かぬ内に秋人の瞼は閉じていたらしい。ゆっくりと開けると虚空を見つめる瞳と目が合った。息が喉の奥へ引っ込む。心臓が止まるかと思った。

 虚空を見つめていた目が確かめるようにゆっくりと瞬かれ、秋人を見た。まずは顔を、白くなった髪を、もう一度顔を、最後に髪に隠れる包帯を捉える。

 その間、秋人は何も言わなかった。身動ぎひとつせず、美冬の目から顔も目もそらさなかった。

 理解を深めていく瞳が徐々に意味を持っていく。美冬は秋人にも同じ傷ができた理由を悟ったのだろう。今までそばにいて、一番驚いている様子に見受けられる。

 秋人は禁術とされるものを行使した。一部の者しか知らないような極秘の術だ。

 異能には個々の持つ能力とは別に、神力を使い共通の術を展開することができる。才能と鍛練が必要な術だ。必ず代償がいると語られている。傷には傷を、生には生を、死には死を。必然と、人を救う術や殺す術は禁術とされた。命は代わりがきかないからだ。


「禁術については、私からは訊かない。娘を助けてくれたお前をねじる理由はないからな」


 そんなことを去り際の父に言われたが、秋人はどんなに脅されても口を開くつもりはなかった。

 驚愕に満ちた美冬の目は限界まで見開かれ、憤怒の色に塗り替えられていく。秋人が焦がれた燃えたぎる瞳だ。

 秋人は思いの外、衝撃を受けている心に言って聞かせる。彼女が生きていればいいと。予想なんて簡単にできたことだ。過去を黙っていた上に、嘘までついた。頼まれてもいないのに、勝手な願いで死に行く彼女に手を伸ばした。


「私はお前がねたましい」


 秋人は美冬の言葉を真っ直ぐに受け止める。ぶつけられた言葉も切りつけられた傷も、そばにいれないこと比べたら、取るにたらない痛みだ。

 美冬の燃えたぎる瞳を脳裏に焼きつけた秋人は手をつき頭をたれる。どうか、息災でと心の中だけに秘め、彼女の前から姿を消した。



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