危険な願懸け

涼介と真弓はハイキングで山道を歩いている。




傍らにお地蔵様を見つけた。かなり古く、普通は存在に気づかないかもしれない。


普段は何かにお祈りなどはしない涼介だったが、真弓との結婚がうまくいくように、時間をかけてお願いした。




その時の二人は、後でどれだけこの行為を後悔する事になるとは、想像もできなかった。


このお地蔵様は江戸時代からあり、決して豊かではなかった部落の人々の、苦しみや怨みの怨念が染み込んでいたのだ。




この怨念が、一心に祈る涼介の心に波長が同調してしまった。


この瞬間から涼介の性格が変貌し、体の痛みが一時でも休まることはなかった。


手足を怪力の巨人に引きちぎられるような痛みが、昼夜を問わず襲いかかるのだ。




当然、結婚どころではない。会社も辞め、家に閉じこもる様になった。


心配した真弓が家に行っても、鬼のような形相で追い返すのだ。


怨念が涼介の心を支配し、優しかった涼介はすっかり別人になっていた。




命を持たない無機質な石像でも、人間の強い想いを浴び続けると念が定着するのだ。


涼介が元の性格に戻るのは難しい。




なぜ、このようなことになってしまったのだろうか?


涼介は優しい青年で何も悪いことはしていないではないか?




と思った方は、少し間違えている。


逆の立場になって考えてみよう。




長年、村人の苦しみ、恨みを受け続けてきたお地蔵様が、見ず知らずのカップルの願いを、なぜ実現させなければならないのか?逆に、涼介がその立場なら実行するのか?




涼介に限らず、神社などで小銭を投げ入れて、自分の利益をお願いする行為は、当たり前の習慣として行われている。




この悪気のない行為は、実は、謙虚さ、礼節、思いやりを大きく欠いたものではないだろうか?




神様は、人間の願いを格安で請け負う便利屋では無いのである。




自分の願いは、自らの力で叶えるものであり、間違っても人に頼んでおくものではない。




むやみやたらに、よく判らないものに祈るのも危険だ。


祈るという行為は、簡単に心の波長が相手に同調する。


気軽に、いつでもどこでも行うものではないのだ。




人々は、夜道や交通量の多い道は気をつけて歩くが、心については無防備なものである。


心をいつも平静に保っていなければ、いつどこで付け入られるか、分かったものではない。




一瞬で、京介の様に、人生が奈落の底に落ちる事もあるのだ。

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