神経衰弱

自転車に乗った仕事からの帰り道、雅之は赤い車と軽く接触した。酷いめまいがするので警察を呼んだ。


まもなく警官が到着した。

「お怪我はありませんか?」

「めまいだけですが。あの運転手はどうですか?」


警察がライトで車内を照らすと雅之と似た男が、目を見開き天を仰いだ姿勢で固まっている。すぐに救急車で搬送されたが、死亡が確認された。


事故から一週間たったが、身体がだるい。まるで自分の中に異物が入り込んでいるようだ。普段から病気をしたことがないのに不思議だ。



とりあえず赤い車の男を調べることにした。

雅之は結婚し子供を持つ平凡な男だ。いつも自分を特徴の無い平均的な人間だと感じている。警察署に行き、お焼香を上げたいからと赤い車の男の住所を聞き出した。雅之の特徴の無い外観や物言いは、疑いを懸けられずに行動できる。


男の住居は雅之の住むマンションとよく似ていた。インターホンを鳴らすと彼の妻に似た女性が出てきた。住居も妻も似ているとは、少し不思議な感覚だ。通された仏壇の遺影もやはり雅之に似ていた。


「妙なことをお聞きしますが、事故の前ご主人に変わった所はございませんでしたか?」


妻は少し考えてから、ゆっくりと喋り始めた。


「亡くなる一ヶ月前、自転車で人とぶつかってから、体調が悪いと言っていました。その人は主人と似ていたらしいです。ちょうどその時から主人の様子が少し変わったように思います。」


帰宅して妻に聞いてみた。

「最近、僕の様子、変わったと思う?」

「そうね、確かに事故から少し雰囲気が変わったわね。」


彼の疑念が確信に変わった。

私の中に何かがいる。それは一ヶ月後に私に事故を起こさせ相手に乗り移り、私は殺される。残された時間は二週間。

二週間の間、色々考えたが良い解決策は見つからなかった。仕方がないので、その時が来るのを待つことにした。そして、「その時」はすぐに来た。


いつものように朝、公園を散歩をしていると、正面から雅之に似た男が歩いてくる。すると今まで感じた事の無い感覚に襲われ気を失った。


目を覚ました時には、雅之自身は倒れた雅之を看病する公園の男に乗り移っていた。そして全てを悟った。


世の中の似た人というのは、そもそも同一人格なのだ。赤い車の男も散歩の男も、魂を共有していることを思い出した。


多くの人は、頭脳が自分自身だと考えているが、そうではない。人間は一つの魂を、似ている人と共有していて、その数は全人類でも数万個程しかない。雅之のような平凡な頭脳は魂から見ると経験を積んで魂自身の向上を望めないので、二人揃うと自らの魂に殺されてしまうことがあるのだ。


まるで、神経衰弱で同じカードが排除されるように。

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