初めてのキス

 ルディアが初めてのキスに息も絶え絶えになったところで唇を離された。羞恥に顔を赤く染めたルディアを見下ろしながら、ライアスは独り言のように「……本当は、二度と君の前に現れないつもりだった」と告げた。


「ルーベルトが君を心から愛し正しく皇帝に就いたなら、俺は戦死した事にして邪魔はしないつもりだった」

「なぜ……なぜですか? さっきは私のことを愛していると……」


 ルディアは悲しくなり、ライアスを見上げた。


「愛しているから、君の幸せを尊重したかった。ろくな教育を受けられず、戦うしか脳がない俺よりも、皇帝となるべくきちんとした環境で育ったルーベルトの方が、君に相応しいと思っていたから……」


 ライアスは腰のベルトに付けていた刀の一つをルディアへと見せる。使い古された刀の鞘は所々痛み、十年間ライアスが必死で戦ってきた証のように思えた。そして、その鞘にふと見覚えのある飾りを見つけた。


「ライアス様、これは……」

「君が、私の出陣の日にくれたものだよ」


 擦り切れてボロボロになってしまっているが、ルディアの銀色の髪一房と瞳に似た緋色の絹糸を複雑に結い合わせ加護の玉を付けた御守り。

 神殿からもらえる加護の玉は、三ヶ月間毎日欠かさず神殿に直接赴き、祈りと奉納を捧げた者のみ与えられる貴重な宝石だ。


「当時、この城で俺の味方はいなかった。皆が暗に激戦地へと赴く俺に"皇族の誇りをもって、戦地で潔く死ね"と言っていた。そんな中で、ルディア一人だけが"生きろ"と言ってくれたんだ。あの時まだ十歳にも満たない君が、頬を染めながらこれを渡してくれて、その曇りのない瞳が美しくて……眩しかった」


 愛おしそうに組紐をそっと撫でるライアスを見ていると、ルディアは嬉しさで胸が張り裂けそうになった。


「悲惨な戦場で気が狂いそうになった時、これを見て何度も君を思い出したよ」


 女である自分には出来る事が少なく、一生懸命作った御守りが少しでもライアスの心を癒していた事実を知って、心が歓喜に震えている。


「……ルディアが幸せならば、それでよかった。ルーベルトが自分の愚かさを自覚して君を尊重し、皇后の座をきちんと確保する分別ある男だったなら……」


 ライアスの先程の穏やかさは消え失せ、拳を固く握りしめている。


「半年前に、ロジャース・カルカロスの動きに変化が出たという情報が入った。戦争を食い物に富を貪るハートナー家の娘をルーベルトが娶り、ルディアはよりにもよってあのカルカロスの後妻になるなど……そんなの、そんなの許せるはずがないッ!」


 ライアスの瞳が一瞬怒りに燃えた。ライアスはその情報を掴んだ後、ルーベルトとロジャース失脚の証拠を掴むため自分が死んだと嘘の情報を流し、腹心のアルフレッドを皇宮へと送り込んで内部を探らせていたという。


「俺は今まで様々なものを奪われてきた。いつもそうだ。弱いと、全てを奪われる。──だが、もう二度と何も誰にも奪わせない。この国の民も、皇帝の座も……ルディア、君の事も」


 ライアスの瞳に熱い感情がこもる。その瞳に囚われたルディアの内に湧く感情は歓喜だった。


「……私は、ずっと貴方のものです」


 二人は再度熱い口づけを交わし、永遠を誓うかのように求め合った。

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