49 (シャーン)

 ビルセゼルトの休講は通達された日と翌日のみで終わった。教壇のビルセゼルトは普段通りで、むしろ以前より冴え渡り、休講の理由は何だったんだろうね、と学生たちは噂した。


 アランはジゼルがいなくなったと判った日の翌日、魔導士学校から姿を消した。


「あの馬鹿、ひとりで行ったんだ」

デリスはかなり心配したが、どこに行ったか判らないものを探しにもいけないと黄金寮の談話室でカトリスと二人、アランを待った。デリスの願いも虚しく、その日、アランが魔導士学校に帰ってくることはなかった。


 その代わり、と言うのも変だが、アウトレネルが白金寮に私を訪ねてきた。

「ジゼルは見つかったから安心していい」

アウトレネルは私に言った。


「ビルセゼルトが森が警告を発したと騒いだ。それで森に行くと、ジゼルが霧降る白鷲しろわしの森で暴漢に襲われた、と森が言う。俺とビリーですぐに飛んださ。ビリーのヤツ、あれほどの消耗を一日で回復させた。まぁ、ジョゼが回復術をバンバン掛けたんだろうがな」


 アウトレネルは涙ぐんでいるように見えた。


「シャーン、ジゼルは無事だ。でも、変わってしまった」

「封印が解けたってことでしょう?」


それもある、とアウトレネルが言った。

「ビルセゼルトはジゼルを街に出すと決めた。街に出ても困らないよう、必要な知識を仕込んだら旅の魔導士として学校から出すそうだ」


「それって、まだジゼルは十二だわ。魔導士には十四を超えないとなれない」

うん、とアウトレネルが口籠くちごもる。


「特別な処置だ。ギルドにもちゃんと登録される。これ以上は俺からは言えない。それから、どうでもいい事だがジゼルは今日、十三になった」


「ビルセゼルトはジゼルの事が可愛くないの?」

 ずっと不思議に思っていたことをアウトレネルにぶつける。


「それは俺にも判らん。ジゼル、ジゼルとジゼルの事ばかり気に掛けて、そのくせあんなに近くにいても会いに行かない。もっとも、ビリーはジゼル以外の子どもたちにも会いに行かなかった。シャーン、寂しい思いをしていたのではないか?」


「私は、生まれた時からいないから気にならなかったけど、グリンはかなり寂しかったみたい」

「そうだな、グリンはビリーをいつも追っていた。でも振り向いて貰えなくて、反発することで気を引こうとした」


 そうだ、とアウトレネルが思い出したように言う。

「ビリーは子どもたちにこれっぽっちも愛情を示さないくせに、心の中では愛しくてたまらないんだ。それにグリンが気付いて、人間に戻ろうとグリンに思わせた」


「グリンがそう言ったの?」

「水槽で泳ぎながらグリンはビリーを見ていたらしい。ビリーは四日間、離れることなくグリンのそばにいた。時にはただ眺めるだけ、そして時には水槽に頬を付け、涙を流した」


 ビリーが泣くなんて、グリンじゃなくても想像できない。なぜ泣くのだろうと、グリンは思ったそうだ。ビルセゼルトが泣くことなんかないと思っていたんだと。


 グリンは魚になる寸前、自分が死んでもビリーは悲しまない、と思ったと言っていた。だからビリーが自分のために泣いているとは最初は判らなかった。


 水槽にてのひらを当て、頬を摺り寄せ、ビルセゼルトが流す涙が自分のためだと気が付いた時、グリンはビリーの背中が見えたんだと思う。


「手が届かない存在ではなく、自分を愛し、自分と同じように苦悩するひとりの人間とビリーを見ることができたんだ」


 それからアウトレネルは私に向き直った。

「シャーン、アランの事で……」

「アラン! そうよ、朝からいないの」

アランの名を聞いてつい、アウトレネルの言葉をさえぎってしまった。


「うん、バカ息子は一人でジゼルを探しに行った。責任を感じていたのかもしれない。俺はあいつをきつく叱り過ぎたかもしれない。殴っちまった。アイツは言い訳もせず、幾ら殴ってもいいからジゼルを探してくれ、と言ったよ」

 アウトレネルが涙ぐむ。


「アランに、何かあった?」

血の気が引くのが判った。きっと私は真っ青になっていたことだろう。


「あいつは死に掛けたらしい。いや、今はもう回復している」

取り乱しそうな私をアウトレネルが押し止める。


「二、三日は屋敷で監視しながら休ませるが、問題はない。ただ、あいつも変わってしまった」

「アランが、変わった?」


「すっかり変わってしまって、別人のようだ。いや、なんて言うんだろう」

「もう……レーネ、どこがどう変わってしまったというの?」

泣き出しそうな私にレーネが困り顔を見せる。


「宝石のようだと言われていたアイツの髪が自ら輝きを放つようになった」

「いいことなの? よくないことなの?」


「ビルセゼルトが言うには得物に『光』が加わった結果らしい。それと、月の加護を獲得した。月の加護は太古にはよく有ったそうだが、近年では珍しいのだそうだ。月の加護を獲得したことで難ありと言われた体力が強化されたが、月の満ち欠けに影響されて、望月まんげつならば無敵だが朔月しんげつには弱まる、とビリーは笑っていたな。高位魔導士の仲間入りをしたし、最高位魔導士に手が届く位置にいる。不足ない体力だと。ビルセゼルトが『月影の魔導士』と異名を贈った」


「すごい……光を扱える魔導士なんて。それに最高位だなんて」

「それが……」


「レーネ、さっきからおかしい。何を言えずにいるの?」

 アウトレネルがシャーンに向き合った。涙があふれ、こぼれている。


「アランは……目が見えなくなる。今はまだ見える、でもすぐに見えなくなる。命を失わずに済んだ代償らしい」

「え?」


「あいつは感覚を張り巡らせることに長けている。だから失明しても大して実害がない。だけど……」

「だけど?」


「もう一度だけ、シャーンの顔を見ておきたい、と言った」

頬を涙が流れ落ちていく。アラン……


「ねぇ、レーネ」

「うん?」


「ずっとそばにいたいと私が言ったら、アランは私を傍に置いてくれるかしら?」


「すまんな、シャーン。アイツは意地っ張りだ。俺にはそうとしか言えない」


「そうね、そうよね」

私は涙を拭った。


「連れて行って、レーネ。アランに会いたいわ」


 アランの目に焼き付けてやる。私の笑顔を焼き付けてやる。一生忘れられない笑顔を焼き付けてやる。

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