28 (ジゼル)

 小鳥たちにパンを分けているときに誰か来た。この人、誰だったっけ? 私はこの人が好き。そうだ、シャーンだ。こんなに早い時間にも来られるんだ、と不思議だったけど、嬉しかった。


「シャーン」

「ジゼル」

私たちは微笑みあって抱き締めあった。幸せ。


「シャーン、今日は早いね」

「そうね、でも永くは居られないの」


 朝食の後の時間があいていたから、とシャーンは言った。次の講義に間に合うように帰らなきゃ、とも言った。


「講義、って?」

「魔導士学校の教授が学生のためにいろいろ教えてくれるのよ」


「教えてくれる? 自分が何者か?」

「そうね、直接ではないけれど、突き詰めていけば、そうなるわね」


 そうか、やっぱりシャーンとあの男の子は魔導士学校で、自分を知っていったんだ。


「私も魔導士学校に行ける?」

「魔導士学校に行きたいの? ジゼルが望めば行けるはずよ」


「本当に?」

「うん……ジゼルは力を封印されているのでしょう?」


封印……何の事だろう?


「ビルセゼルトがもうすぐ私が飛べるようになるか判ると言っていた。この事?」

「やっぱりそうなのね。適性とか得物とか言っていなかった?」

「適性があれば、って言ってた。次の誕生日に判るって」

シャーンが私を抱き締めた。

「誕生日が楽しみね、ジゼル」


 なぜシャーンは私の誕生日を楽しみだと思うのだろう。判らないけど、きっといいことがあるのだと思った。いいことがあるから楽しみ、うん、間違いない。


「木のような男、シャーンを罰したりしてない?」

昨日から気になっていた事を聞いてみた。


「木のような男? デリスの事ね。そんなことないわよ」

とシャーンは笑う。


「誰も誰かを罰したりしない。罰を受けるなんて、よっぽどの事がなければないわ」

「そうなんだ……」


「そうよ、だから世話係の魔女たちがジゼルを罰したのは間違いなのよ。ビルセゼルトもそう言ったでしょ?」

「昨日、シャーンは困っていた。木のような男のせい?」

するとシャーンの顔が赤くなった。


「ジゼルが言う木のような男ってね、デリスと言うの」

「デリス、覚えた」


「うん、そのデリスから、『好きだ』と言われたのよ」

「好きだと困る? シャーンは好きになられると困る?」


「違うのよ、ジゼル」

シャーンが言うにはデリスの『シャーンが好き』は、私が言う『シャーンが好き』と、同じ好きでも好きの種類が違うらしい。


「デリスはね、私を女の子として好きなの」

「あ、判った。つがいの相手だ」

「つ・が・いって……」

プッとシャーンが笑った。そんなにおかしなこと、私、言った?


「まぁ、そうね、そんな感じ。でも、私はそんなことを考えたことがなくって、驚いたし、なんて答えていいか判らなくって困ってしまったの」

「うん、小鳥たちも番の相手は慎重に選ぶ」

「そうね、大事な相手だものね」

シャーンはニコニコ笑っている。良かった、楽しいと感じてくれている。


 そうだ、私の話をしたら、もっと楽しいと思ってくれるかもしれない。


「私は女になると決めたら考えてもいい、と答えた」

「え?」

「結婚して欲しいと言われたから、そう答えた」


「それは誰に?」

「男の子。名前は聞いてない」


「いつの事?」

「いつか、男の子がちゃんとした職業に就いたら、って」


「あぁ。そうじゃなくって、いつ言われたの?」

「一昨日」


「いくつくらいの男の子?」

「いくつって年の事? もうすぐ十六だっていうからカタカゴの花を十六本あげた」


「そう……魔導士学校の学生かしら」

「うん、そう、学生。職業をどうするか迷っているようだった。暮らしに困るようなことにはならないって言っていた」


「その人とはどこで会ったの?」

「沼がある。緑の沼。その人は沼の絵を描きに来ている」


「……絵を描きに?」

「そう、本当は絵描きになりたいみたい。でも才能がないって言っていた」


「その人はジゼルの名前を知っている?」

「どうだろう。知らないと思う。聞かれたけど答えてない」


「……」

「シャーン?」

何か気に入らなかったのかな? シャーンから笑顔が消えて、何か考え込んでいる。


「シャーン、私、何か悪いことした?」

「え?」

やっとシャーンが私を見た。


「ううん、ジゼルは何も悪くないのよ」

「誰かが悪いみたい」

「ごめん、誰も悪くない」


そして私に聞いた。

「ジゼルはその男の子が好きなの? その、結婚したいの?」

「結婚……どうだろう。男の子の事は好きだけど、シャーンの事も好き」

「そう、そうね。そうよね」

シャーンは何か心配しているみたい。


「一番好きな人はほかにいるよ」

「そうなんだ。それは誰?」


「ビルセゼルト。あの人が一番好き」

「ジゼル……」


シャーンはまた私を抱き締めた。今日のシャーンはいつもとなんだか違うみたい。


「シャーン? ひょっとして泣いている?」

「ううん、泣いてなんかない」


 今、目を擦ったのは涙を拭いたからじゃない?


「それよりジゼル、私にその男の子、紹介してくれない?」

「紹介? 会いたいの?」


「そう、会いたいの。その沼に連れて行ってくれる?」

「今日はヒヨドリの刻が少し過ぎたくらいに来ると言っていた」


「ヒヨドリの刻。判った私もそれくらいの時間に行くから、沼じゃなく、お部屋で待っていて」

「うん、一緒に沼に行こう」

約束して、シャーンは帰って行った。


 シャーンが帰ってから、どうしてシャーンはあの男の子に会いたいんだろうと考えた。判らなかったけど、まぁ、いいや。あの男の子もシャーンに会えれば嬉しいんじゃないかな? きっと嬉しいと思ってくれる。


 私が大好きな二人が仲良くしてくれると、きっと私は嬉しい。三人で仲良く話せたら楽しいはず。


 部屋に戻ってシャーンがくれたスズランを眺めた。これを持ってシャーンの許に、と言えばシャーンのお部屋に行けると言っていた。白いスズランを白い花瓶に生けるのはどうかと思ったけれど、他にないから仕方ない。


 シャーン、大好き。男の子も好き。でも、あれ? 男の子も好き、じゃ、なんかおかしい。あとでシャーンと一緒に沼に行ったら、男の子に名前を聞こう。


 名前を聞いたら教えてくれるかな? 私の名前も教えてあげよう。いつか聞かれたけれど、はしたないかもしれないと答えなかった。きっと知りたいと思ってくれている。


 人は人と接することで幸せになれると、ビルセゼルトが言っていたけれど、本当だ。シャーンと知り合い、男の子と出会い、私はきっと今、幸せを感じている。


 早く沼に行きたいな。男の子に会いたいな。シャーンも一緒に行ってくれる。シャーンと一緒がすごく嬉しい。


 ふと、男の子の顔を思い浮かべた。あれ? ビルセゼルトの顔と、同じになっちゃう。それとも、ビルセゼルトの顔が違うのかな? ビルセゼルトにあったのは一度きりだから。


 変なの、あとでよく見ておこう。同じ顔のはずがない。私、忘れっぽいから。いつも、誰だっけ? って誰に会っても思う。


 まぁ、いいか……

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