24  (シャーン)

 呪文力学の次は『保護術応用』だった。今日、最後の講義だ。


 私は『基礎保護術』の受講が免除されての受講可能の講義だったので、同じ寮の同級生はいなかった。みんな、同時刻の基礎保護術に行っているはずだ。


 そしてその最終講義のあと、本日三回目、喫茶室を入れれば四回目、アランと遭遇する。


「やぁ、マメルリハちゃん」


 アランの後ろに隠れたのはデリスだ。隠れたって、肩がアランの頭の上に出ている。向こうを見ていたってすぐ判る。さりげなさを装っているとよく判る。


「なんでこんなに会うんだろう? デリスに会うのは当たり前なんだけど」

「当り前、って?」

「親愛なるスミインコさんとは同じ講義率九十パーセント」


「わざわざ計算したの?」

「いや、適当」

と、相変わらず楽しそうだ。


「でも、だいたい合っているかな。取得上限が三十、で、そのうち僕が受けているのが二十八、デリスと同じが二十六。だから、っと、あ、だいたい合っている、九十二パーセント。こりゃ、驚いた」


 アランの性格をうらやましいと、ちょっとだけ思った。でも近くにいられると落ち着かないかな。


 講義・講座は全部で百五十五。一日五時限の講義が一時限当たり最大五教室で七日ごとに繰り返される。七日目はかなり空き教室があるが、それは臨時休講が出たときの振替に割り入れられると聞いている。


 四年間で必修八十四講座、加えて選択講座が十二以上、合格できれば卒業だ。晴れて一人立ちの魔導士と認められる。入学試験の際、好成績を修めれば免除される必修科目もある。


 魔導士学校に休暇は長期休暇以外ない。巧くプログラムを組んで自分で休みを取り入れる。


「どうもね、デリス」

 アラン越しにデリスに声を掛ける。デリスは横目でこちらを向くと、やぁ、と手をげた。


「でさ、マメルリハちゃん、夕食までの時間、どこかで話ができないか? お喋りオウムを詳しく説明するよ」

デリスをさえぎるようにアランが私に言う。


「デリスも一緒だし、いいよね?」

夕食の時間まで森に行こうと思っていた。だが禁断の森に行くとは言えない。


 言い訳を考えているうちに引っ張られるように連れて行かれる。どこに? 私をどこに連れて行く?


「アラン、荒っぽすぎないか?」

デリスがブツブツ付いてくる。


「女の子をかばうなんて、デリス、どういう風の吹き回しだい?」

アランがデリスに答えて笑う。助けて、デリスに目で訴えるが、デリスはそっぽを向いてしまう。けられていると思うのは勘違いじゃなさそうだ。


「着いた、ここ、ここ。誰も見てないか?」

 デリスとアランが周囲を見渡す。ここって……私が森に行くとき使う、あの秘密のベンチのあるやぶだ。


「よさそうだよ」

デリスの陰に隠れてアランが藪をき分ける。


「どうぞ、マメルリハちゃん」

アランが掻き分けてくれた隙間に私は身を滑り込ませた。続いてアラン、そして最後にデリスと続き、不意に周囲の雑音が消えた。結界が張られている、いつの間に?


「結界を張ったのは誰?」

「僕じゃない、つまりデリスだ」

結界を気にすることもなく、アランがベンチに腰掛ける。なぜ気にならない? 何の動作もなく瞬時に張られた結界が。


「何の呪文も動作もなくて結界が張れるなんて凄い」

「デリスの無呪文、無動作はいつものこと」

事も無げにアランが言う。


「校長はもっと凄いぞ。講義を続けながら術を使う」

 ヤツの講義でうっかり居眠りしてみろ、椅子がいきなり消えちまう。


「グリンは水を掛けられたって言ってたな」

とデリスが笑う。


「しかも顔色一つ変えず、語る言葉が止まることもない」

とアラン、そして、

「いつの間に気が付くのか、あれは不思議だね」

とデリスがしみじみと言う。


「で、校長の事はどうでもいいや。講義を受けていればシャーンにもそのうち判る」

「校長の講義で居眠り? あんなに面白いのに?」


「キミ、それは『魔導理論概論』だろ? あの講義は確かに面白い」

そうデリスが言うと

「だが、新入生よ。気を抜くなかれ。校長の講義は学年が上がるにつれ高度で難しいテーマを扱う」

とアランが続ける。


「アランは前年度、必修の『属性の融合』を落とした」

とデリスが笑い、アランに蹴飛ばされた。


「基本的に卒業年度に受講する講座だ。前年度、僕は確かに『属性の融合』に関する基礎知識が不足していた。判っていたけど受けたのさ。チャレンジに失敗しただけだ」


 必要な基礎固めも終わった。この長期休暇の間に復習し、更に研鑚し、書き上げた研究レポートを校長に提出したら、『エクセレント』と評して返してきた。


「レポートによって合格と見なされ、今年度の『属性の融合』は免除された。が、代わりに『属性の強化と進化』の受講が強制された」

アランが苦虫を噛み潰したような顔をし、デリスが笑う。


「合格した学生はいないって評判の講座なんだよ。もちろん必修ではない」

アランは泣き出しそうな声で言う。


 が、すぐに

「で、ここに来てもらったのは……」

と、からっといつも通りに話し出す。気を付けないと、この人にはだまされそうだ。


「お喋りオウムは秘密結社だ」

アランを抜かしてデリスが言った。


「おい、僕のセリフを横取りするな」

「おまえは前置きが長すぎる」

アランの苦情にデリスが言い訳し、私が

「アランが言ったら笑っちゃうけど、デリスが言ったから、本気なのだ、と思った」

とアランに追い打ちを掛けた。それはないよマメルリハちゃん、とアランがへこむ。


「でも、何の秘密結社? 秘密にする必要があることなの?」

アランとデリスが目を見交わす。


「まず最初に約束して欲しい。必要が生じるまで、ここで聞いた話をグリンにはして欲しくない」

「グリンはお喋りオウムをただのお喋りサロンだと思っている」


「これから話す事を聞けば、なぜグリンに内緒にしているかシャーンにも判るはずだ」

判った、グリンには言わない、と私は二人に約束した。アランとデリスは頷き交わし、話し始めた。


「ギルドの体制に、我々はテコ入れしたい」

「もちろんすぐに、どうこうしようとは思っていない」


「ギルドの現体制、南と北に魔導士が分断されている」

「今の体制になったのは十八年前だ。それまで我々魔導士は一致団結し、もちろんギルドも一つ」


「十八年前に勃発した九日間戦争。あの戦争の結果、統一ギルドが分割されて今の体制になったのはキミも知っているだろう?」


 九日間戦争……叔父にあたる伝説の魔導士サリオネルトが命を落とした戦争だ。私が知らないはずもない。密かにいろいろ調べている。


「あの戦争には不可解な点が多々ある。しかも、よくよく考えなければそれに気が付かないようギルドが工作した形跡がある」

「もちろん、政治上、機密事項があるのは当然だ。何から何まで下々に伝えていたら統制が取れなくなるのは必定」


「そして、更に不可解なのは南北両ギルドが互いに相手を侵攻しようとする動きがないことだ」

「北ギルドの傘下、西のドウカルネスは思いついたように我ら南ギルドの管轄地にちょっかいを出してくるが、それを北ギルドのホヴァセンシルは快く思っていないと聞く」


「そして我らが南ギルド長ビルセゼルトはそれらに報復しないどころか、たかが魔導士の小競り合い、相手にするな、と歯牙にもかけない」


アランとデリスが口々に言い募る。そして最後に

「明らかにおかしい」

と声を揃えた。


「十七年前の疫病禍も、西の魔女の仕業だと言うが、多大な被害をこうむったにもかかわらずビルセゼルトは動かなかった。勿論終息には尽力している」

「動かなかったと言うのは、北、あるいは西に報復しなかった、と言う意味だ」


「ホヴァセンシルがドウカルネスに制裁を加えた、それで手を打て、という事だったらしいが、南ギルドの中にも、ビルセゼルトの判断に不服を唱えたものが多数いたらしい」


「まぁ、そんな昔の事は良しとして、我らは未来の話をしよう」

「そう、背景をざっと説明しただけだ」

ここで二人はいったん言葉を切って、目配せし合った。


「シャーン、僕たちは妥当北ギルドを目指して、若い力を結集しようと思っている」

「最終目的は『魔導士ギルドの再統一』だ」

どうも冗談や言葉遊びではないらしい。


「それで?」

と私は言った。


「それで、私に何をさせたいの?」

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