21 (シャーン)
魔導士学校六日目。今日から講義が始まる。
私の初受講は『魔導理論概論』担当教授は校長ビルセゼルト。魔導術を扱う基本中の基本。採点は厳しいが、講義は判り易く面白いと上学年の学生が言っていた。
教壇に立つビルセゼルトは、楽しげに生き生きと講義を進める。『偉大な魔導士』に、もとより興味津々の学生たちはつい引き込まれる。中には卒業年度の学生が余った時間で再受講することもあると言う。必修科目で落第は許されない。が、そのプレッシャーを感じさせない授業だった。
私は校長の講義をもう一つ受講することにしている。それは三日後に開講される『古代魔導学』だ。ビルセゼルトが本領を発揮する魔導史学の中の特別講座だ。
これは特別講座とあるように必修科目ではない。本来、卒業単位を取得済みで単位数が余っている卒業年度生向けのものだ。ビルセゼルトが長く研究を重ねている古代魔導史の概論とも言うべきもので、私は父がなぜその研究に熱心なのか、受講すればわかるかも知れないと思っていた。
魔導理論概論の教室から『魔導生物学総論』の教室に移動する時、昨日会った黄金寮のアランとすれ違った。
「やぁ、グリンの妹のシャーン」
その呼びかけに周囲にいた何人かが私を見る。グリンバゼルトの妹だって、と、こそこそ話しているのが聞こえる。
「今度はいつ、遊びに来る? 待っているからね」
そう言うと、こちらの気も知らず、アランは行ってしまった。迷惑なヤツだ。
一緒にいた級友が私の気持ちを察したのだろう、
「行くよ、早くいかないと始まっちゃうよ」
と私の手を引いて、時間はまだ充分あるのに駆けだした。
私の手を引いたのはアモネルセコーギュ、アモナだ。
「そのうち飽きちゃって、誰も何も言わなくなるよ」
アランに声を掛けられた場所が遠のくとアモナが言った。
「グリンバゼルトは未だに注目株だけどね」
とクスクス笑う。
「姉がね、グリンと同じ黄金寮なのよ」
ただでさえ校長の息子という事で目立つのに、あの容姿でしょ。魔女たちが毎日のように入れ代わり立ち代わり、グリンを構いに黄金寮に来たらしいよ。
「ところがグリンはそれを嫌がって、談話室から逃げ出しちゃう」
で、黄金寮の魔女たちはグリンを守るべく、よその寮の女の子が黄金寮にグリンを目当てに来ると意地悪するようになったんだって。
「へぇ……」
間抜けな返事をしながら、ジェネイラの言っていたことはこういうことだったのか、と思う。
「シャーンも暫くは男の子たちが群がるかもね。早く誰かに決めちゃば誰も言い寄って来なくなると思うけど」
「そんな事にはならないわよ」
「黄金寮のアランがグリンの妹シャーンに声を掛けた、ってあっという間に広がるわよ。アランは次から次に女の子にちょっかい出すけど、いい子にしか声を掛けないんだって。で、アランが声を掛けた子はいつの間にか別の男の子と付き合っている。泣く泣くアランは別の子を探す、って」
ケラケラとアモナが笑う。
「いい子なら、とりあえず顔を見てみたい、話しをしてみたい。そして自分と合いそうなら付き合いたい。そんなものでしょ?」
みんな、魔導士学校にいる間に結婚相手を決めておきたいもの。卒業してからじゃ、なかなかいい相手に巡り合えないって言うじゃない。
「結婚かぁ。なんか興味ないなぁ」
と言う私に、アモネが
「まぁね、私だってそうよ。でもね、そんな事言っていると、いいのはすぐに売り切れちゃうよ」
と笑った。
次の『魔導生物学総論』の講義も判りやすく、教授がいかに学生の理解を深めるか工夫されていることがよく判った。
どことなく校長の講義に似ていると呟くと、隣に座っていた学生が、そりゃそうだよと言う。
「校長が講義方法の学習会を開催しているからね」
殆どの教師が出席している、似てきても当然、と笑う。
「校長は仕事の虫さ。次から次へと自分の仕事を増やしてしまう。腹心のアウトレネル様が少しは休め、といつも怒っているらしい」
親がギルド詰めの魔導士だと言うその学生が教えてくれた。
魔導生物学総論の次の時間、私は空き時間だったので図書館に行くか自室に戻って今日受けた二つの講義のノートを
図書館に行くにしても、魔導生物理論のテキストは不要と、とりあえず自室に戻る事にした。すると、
「シャーン、グリンの妹のシャーン」
と、後ろから呼びかけるのは、言わずと知れたアランだ。
「今日はこれで二回目だ。嬉しいな」
こっちは少しも嬉しくない、むしろ迷惑。周囲でまた、こそこそ噂している気配がする。
「ちょっと、あなた、アランだったっけ?」
「僕の名前、知っているんだ? 光栄だなぁ。正式にはアラネルトレーネ、覚えてくれると嬉しい」
満面の笑顔を見せられたって、騙されない。
「あのね、その『グリンの妹の』っていうの、やめてくれない?」
「呼び捨てにしていいんだね。判った、今度からは『シャーン』って呼ぶ」
こちらの迷惑が判らず、並んで歩き始める。今度は助太刀してくれる級友もいない。面倒なヤツに目を付けられた。
でも不思議。面倒だとは思うけど、嫌いと言うのとはまた違う。なんだか懐かしいような、どこかで会ったことがあるような、親しみやすさを感じてしまう。
「次はどの講義を受けるんだい? 『魔導呪文基礎』とか、『魔導法規入門』あたり?」
「さぁ、あなたは?」
こんな時は自分の情報を言わず、相手に話をさせるに限る。
「僕? 僕は空き時間。喫茶室に行こうと思っているんだ。良かったら、一緒にどう?」
「嫌よ。あなたと一緒に喫茶室になんかいたら、なんて言われるか」
「なんか、嫌われている気がする」
とアランが笑う。流石に、その通りよ、とは言えない。
「二人きりでなら誘わないよ。流石に遠慮する。インコちゃんたちと一緒だ。グリンは来るかな、そこは判らない。赤金寮のデリスは来るって言っていた」
他の寮とも顔をつないでおく方が後々ためになるよ、と、この時は真顔でアランが言う。
「黄金、白金、赤金。三つの寮はそれぞれの寮の結束が固い。だけど敵対しているわけじゃないし、卒業後も連携することが多い」
我々魔導士は最終的には自分が頼りだけど、それでも協力体制を組んでいる。仲間と自分を守るため、広くコネクションを持っておくのは重要だ。
「気が向いたら来るといい。まぁ、また誘うよ。その時は連れて行くからね」
そう言ってアランは行ってしまった。あの方向なら喫茶室はパロットだろう。それにしてもインコちゃんとはなんだろう。
白金寮に戻ると談話室にジェネイラがいた。今日、二回もアランの被害にあったと愚痴ると、
「アランに喫茶室に誘われた? そして断った?」
と、驚く。
「今度誘われたら必ず行くの、講義があったらサボってでも」
と、今度はこちらが驚くようなことを言う。
「あなた、アラン主催のサロンに誘われたのよ。『お喋りオウムの会』って言って、メンバーは選りすぐりのエリートばかり。いつものナンパとはわけが違う」
「なに、それ?」
「アランはね、性格は軽いけど、魔導士としてはかなりの物なの。グリンが入学するまでは赤金寮のデリトーネデシルジブと二人、王家の森魔導士学校の二大魔導士って言われていた。グリンが来てからは次席に甘んじているけどね」
「グリンってそんなにできるんだ?」
「まぁ、その辺りは追々わかるわよ。で、アランなんだけど、将来を見越して自分のシンパになる仲間を集めている。それがお喋りオウム。誰でもお茶会には参加できるけど、正式メンバーはアランが声を掛けた人だけ、インコちゃんって言われている。
アランが言うには『まだ何者になるか決まっていない、つまり冠がない』からインコなのだそうだけど。グリンも確かメンバーよ。で、つまり、そのメンバーにシャーン、あなた、誘われたのよ」
「ふぅん。なんだかよく判らないけど、判った」
図書館に行くからまたね、と言う私に
「あき時間に図書館? アランが誘うはずだわ」
とジェネイラの声が追い打ちを掛けた。
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