16 (シャーン)
グリンバゼルトは私の想像通り、ジェネイラを振ったようだ。
「付き合っている人がいる訳ではないけれど」
と、グリンは言ったらしい。
白金寮のジェネイラの部屋、私とジェネイラ、そしてカラネルの三人でミルクティーを
「だけど気になる人がいる。僕の気持ちが通じるかは判らない。だけど、だからと言ってキミの気持ちに応えるのは違うと思う」
とグリンはジェネイラに言った。気になる相手って誰なの? ジェネイラの問いに
「魔導士学校の人ではない」
とだけ答えたと言う。
「すると街の人かしら?」
とカラネルが言う。
「家ではグリン、自分の部屋にいるか、庭で絵を描くか、どっちかしかしないわ」
街に出るなんて考えられない、ご領主の御曹司って言われるのがすごく苦痛みたいなの、と私が言った。
「それじゃ、メイド、とか?」
それには
「グリンがメイドに手を出すなんて! そんなことは絶対しないわ」
と少し怒ってしまった。私を見る二人の魔女は、少しバツの悪い顔をした。
「たとえメイドでも、正式に婚姻の誓いを立てれば」
と、言うカラネルの袖をジェネイラが引く。ますます私の怒りを買うとジェネイラは思ったのだろう。
「んー、グリンは『片思い』してるって言ったのよ。相手がメイドでもおかしくないし、反対にシャーンに聞くわ、メイドではだめなの?」
ジェネイラを押し切って、カラネルが言った。
「……そうね、カラネルの言うとおりね」
私は自分の身の上を恥じていないと思っている。他人にとやかく言わせるものか。だけどやっぱり気にしているのだと、思い知った。
『メイド』と聞いて『妾』を連想した。恥じて言葉も出ない。
カラネルの言う通り、グリンがメイドを好きになってもちっとも可笑しなことじゃない。
「でも、グリンの相手は、うちのメイドじゃないわ。うちのメイドはみんなお婆さんよ」
それじゃメイドの線はないわね、と二人の魔女が笑うので、つい私も笑ってしまった。そして気まずさが消え、笑いの持つ力の強さに感謝した。
それからしばらくグリンの話をしたが、そのうちグリン以外の男の子の話に話題は移り、赤金寮のシシーは振られたばかりで狙い目だ、とか、黄金寮で私に付きあっている相手がいるか聞いてきたアランは手当たり次第に女の子を口説いているから気を付けろ、とか、そんな話で盛り上がった。
私が部屋を出る頃にはジェネイラはもう泣いていなかったけれど、きっとまたあとで一人になった時は泣くのだろうと私は思った。あるいは親友にしか言えない苦しい胸の内をカラネルに打ち明けるかもしれない。グリンの妹の私がいては言えない言葉もあることだろう。
ちょっと調べたいことがあるから、と私は二人に断って部屋を出た。
白金寮には談話室に本棚があるが、私の調べ物は誰にも見られたくない。本のタイトルさえも知られたくなくて、私は図書館に足を運んだ。図書館なら誰もが自分の調べ物に夢中で、他人になんか気を向けないだろうと思ったのだ。
知りたいことはすぐ判った。
力の封印は高位魔導士でなければ施術できないこと。そして封印された力は、魔女、魔導士でも
(だからジゼルからは神秘の力を感じない)
その答えは私を大いに納得させた。封印が解かれたとき、ジゼルはどれほどの力を見せてくれるのだろう。楽しみだ。
そしてもう一つ、王家について。これも簡単だった。
【王家とは】
魔導士を統一し、初めて魔導士ギルドを成立させた始祖の王ゴルヴセゼルトに始まり、その直系が『王家』と呼ばれる。
王と呼称が付くが権力を有するものではなく、いわば敬称に過ぎない。が、ゴルヴセゼルトの直系は強い神秘力、魔導力を有する。何百年に一度現れる、
また王族と呼ばれるのはその傍系であり、中には王家に匹敵する力を有する者もいる。貴族は更にその傍系である。
王家・王族・貴族と言う呼称は時の経過に伴い
現在、王家の当主はビルセゼルト(南の陣地内グラリアンバゼルート領主 /南ギルド長・王家の森魔導士学校校長/妻は南統括魔女ジョゼシレーラシラ)
―― 次のページには家系図があった。
長い家系図の最後のほうに【現当主】ビルセゼルト、とあり、その横には【妻】ジョゼシレーラシラとある。そこから下に伸びて(ジゼェールシラ)となっている。
ジゼェーラは通り名なのだ、とここで初めて私は知った。二重通り名、強すぎる力を抑えるため、あるいは守りを固めるために時折使われる。強すぎる力は己をも滅ぼすと言われているからだ。
そう言えば南の魔女はジョゼシラだったはず。ジョゼシレーラシラと記載があるのは彼女もまた二重通り名だということだろう。
その南の魔女とビルセゼルトを挟んで(魔女)と記載があった。
王家についての説明の最後に『妻は南統括魔女』と書いてあるのを読んだ時に感じた切なさより、更に私の胸は痛んだ。母は名さえ残されない。婚姻していないという事はそんなにも重要か。打ちのめされた気分だった。
その『魔女』の下には(グリンバゼルト/嫡子)とあり、隣に(シャインルリハギ)と私の名があった。
それにしても図書館の本は、どれも大昔に書かれたはずなのに、現在の状況までを
本棚の前に立ち、教えてと願うと、ポンと飛び出した本がページを開いて私の手に乗った。呪文学の本だった。
【経過事象異文】と見出しがある。が、見出しだけで本文はもとより、別の項目や本文、すべて文字がない。【経過事象異文】だけがこの本で読める文字だ。
どうやら私には呪文の存在を知らせることはできても施術方法、解術方法を知る権限がないようだ。この本にある呪文、すべて同じなのだろう。私にはこの本自体が高度過ぎるのだ。
(ありがとう)
と私は本を棚に戻した。本来、教えて貰えないはずのことを教えてくれた気がした。
戸外に出ると温かな風が吹いていた。湿気を帯びているところを見ると雨が降るのかもしれない。早く行って、早く帰ろう。私は森に向かった。
今日の小鳥たちは私を見ても無関心で、それぞれのお喋りに夢中だ。ここに足を踏み入れて三日目、もう珍しくもないという事か。
ジゼェーラは、昨日、私が待っていたベンチに腰かけていて、すぐに私に気が付いた。そして掌を私に向けて、来るな、と言っているようだ。見ると、糸を持ち、それを地面に下げてじっと見ている。何をしているのだろう。
見ていると、そのうちそっと糸を引き上げ始めた。何か小さなものがぶら下がっている。ジゼルはそのぶら下がりをもう片方の手に持った瓶に入れた。そしてすっくと立ちあがり、私を見ると嬉しそうにニッコリ笑う。
「シャーン、帰ってしまわなくて良かった」
「帰ってしまう?」
「待たせたから。怒って帰るかと心配した」
「これくらいじゃ帰らないし、怒らないわ」
瓶をベンチに置き、ジゼルは私に駆け寄ってくる。
「シャーン、大好き」
そして抱き締めてくる。
なぜだろう。涙が出そうになったけど、私はそれを引っ込めて、ジゼルを抱き返す。
「私も好きよ、ジゼル」
体を離すと、瞳をキラキラさせてジゼルが言う。
「腐虫を釣っていた。シャーンが喜ぶかと思って」
「腐虫? なぜ私が喜ぶの?」
「昨日、シャーンはじっと地面を見ていた。腐虫を見ていたのでは? 欲しいのかな、と思って」
「そうだったのね。嬉しいわ」
ジゼルの優しい勘違いに、私はなんて答えればいいのだろう。嘘が付けない魔女の私は、欲しかった、とは言えない。でもその気持ちは嬉しかった。だから『嬉しい』と言葉にした。
そんな私の心も知らず、ジゼルは私の手を引いて、ベンチに向かう。
「ほら、腐虫。パンで釣れるかと心配したが、巧くいった」
手渡された瓶の中で、見た事のない生き物がごそごそと
森や林に生息し、生き物の死骸や枯れた植物、そんなものを何でも砕いて土に混ぜ、それから食べる魔虫の一種だ。地の浄化を助け、水の浄化にも作用する。
「これが腐虫なのね。初めて見たわ」
つい言ってしまい、ハッとする。私が欲しがっていなかったことが判ってしまう?
「この辺りにはたくさんいる。掘ればすぐ出てくるけれど、土と引き離すのが難しい。危険を感じると土に化身して見分けが付かない。こうやって、糸で釣るのが一番。土と引き離されると、なぜか化身の能力がなくなる」
「ジゼル、詳しいね」
「うん、森には虫、いっぱいだから。詳しくなった」
そう言ってからジゼルは私を見て
「シャーンが腐虫を欲しがっていると思ったのは私の間違いだ」
と笑顔で言う。
「あ、ごめんなさい。あの時は少し考え事をしていたの」
「なぜ、謝る? 間違えたのは私でシャーンではない。私が間違えた。えっと、勘違いだ」
ジゼルは腐虫を花壇に逃がしながら
「シャーンが持って帰ると言ったら困ると思っていた。土から出すと腐虫は一日で死んでしまう」
腐虫はあっという間に土に潜り込み、見えくなった。
「私が謝ったのは、ジゼルが悲しむと思ったからよ。私が喜ぶと思って、せっかくジゼルが捕まえてくれたのだから」
「ふぅん、そんなものか」
とジゼルが私を見る。
「なるほど、私はシャーンを喜ばせたい。だがシャーンはその期待に応えられない。そこでシャーンは謝った」
「そ、そうね。その通りだわ」
この違和感は何だろう。これは本当にジゼル?
「私が腐虫を捕らえたのは、シャーンが欲しがっていると思ったから。シャーンを喜ばせたかったのか? そこは判らない。だからシャーンは謝らなくていいし、気にすることもない」
そうなのね、と私は苦笑した。それにしても……
「ねぇ、ジゼル。なんだか今日はよくしゃべるのね」
するとジゼルがハッとして
「
と青ざめた。
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