恋は酔わないうちに(13)

 時刻は二十三時、勇気と恵美は廃工場の入り口にいた。スマホをの画面をたどれば、やはりここについた。ホープが来ていることは間違いない。


「なんか本格的。夜中にこんな場所に来るなんて、大冒険だね。なんだかワクワクする。ホープ君大丈夫かな」

「ホープはさっき着いたみたいだ。大丈夫だ。それよりお前、本当に度胸あるなあ。俺なんか、一人で来たときはけっこう怖かったぞ。あっ、さては猫またのこと信用してないだろう」


 勇気は興味深げになかを窺う恵美を目を細めて疑うように見た。恵美はその顔を見て、ケラケラ笑った。


「これ見てもそう思う?」


 恵美は上着をパッと開けた。ノースリーブのブラウスから突き出る胸に勇気の目は釘付けになった。


「見るのそこじゃない」恵美の言葉に慌てて上着の内側に目を移した。そこには御札が何枚も張り付けられている。

「うちの宮司けっこう物わかりいいでしょ」


 恵美がどうだという表情をすると勇気は何度も頷いた。


「それにね、一人じゃないでしょ。勇気がいるから。いつも助けてくれた勇気がいるもん」


 恵美が子供のままの目で勇気を見た。勇気は側に落ちていた鉄パイプを握ると先頭に立って工場の敷地に入っていった。

 

 二人は重機の陰に隠れていた。勇気が以前猫またを見つけた場所だ。二人が見つめる先には猫またの姿があった。青黒い炎を身にまとい、憎悪の念をまき散らしてユラリとその巨体をさらしていた。


 恵美はその姿に目を見張っていた。


「なんなのこの異常さ。憎悪、執念、悲しみがある。これほどのものは初めて見る」

「猫また見たこあるのか?」

「あるわよ。この仕事していればそれなりにね。あれホープ君かな」


 恵美は頷くと、猫またの前に立っている人物を指さした。勇気も頷いた。二人は猫またとの会話に耳を澄ました。猫またがホープに問いかけている。低くうなる声は、二人のもとにも届いた。


「酒は勇気に飲ませたのか。あの酒には、俺たちの呪いがかけられている。飲めば、苦しみ死ぬはずだ」


(なに!あいつ)


 勇気は以前の会話が自分を殺すことだったことを知った。恵美が酒を飲んだのかと聞くので、飲んで寝込んだことを話した。


 ホープは男の姿のまま、返事をしないで黙って立っていた。猫またがしびれを切らしてうなり声をあげると、ホープは硬直しながらもハッキリとした声で話した。


「酒は飲んだ。だけど死なねえ。あいつは死なねえよ」

「なぜだ!」

「俺はあいつを殺せない。だって、俺は勇気が好きだから」

「勇気は人だ。お前の母さんは人に殺されたのだぞ」


 猫またがすごむがホープは黙ることなく話す。


「そうだ。けど、勇気は俺にご飯をくれた。一緒に寝てくれた。遊んでくれた。具合が悪ければ病院にも連れて行ってくれた。おれは、勇気が好きだ。だから殺せねえ。酒は御札で清めた。殺すなら俺を殺せ」

「いいだろう、裏切り者」


 ホープが跪くと、猫または大きく腕を振り上げた。


「勇気、行くわよ」


 恵美は声を上げて、立ち上がった。


「やめろー」勇気は立ち上がると同時に鉄パイプを猫まためがけて投げつけた。猫または振り上げた手で払いのけた。二人はホープのもとに駆け寄ると、襟首を掴んで重機のところまで引きずった。勇気がホープの顔をのぞき込んだ。初めて見るが、まだ二十歳そこそこの若い男だった。目を丸くして驚いている。


「いいか、お前が猫またになるなんて早すぎるんだ。後でタップリ話し聞くからそこで大人しくしていろ!」


 勇気は新しく鉄パイプを調達すると、恵美と一緒に猫またの方に歩み寄った。猫またが怒りの表情で二人を睨む。恵美の言うとおり、凄まじい憎悪を感じる。だが、同時に夢で見た子猫の目にも見えた。


「勇気は正面から牽制して」


 勇気は、猫またの前に立ちはだかり構えた。恵美は素早く後ろに回り込むと、上着から御札を取り出して、右足に続けざまに二枚張り付けた。とたん、右後ろ足は固定され動かなくなった。猫または、そのまま体をひねると、前足で恵美を攻撃した。さらに尻尾で勇気を牽制した。恵美は猫またの攻撃をかわしていた。勇気は尻尾の攻撃を振り払うなか、夢のなかの出来事、ホープの言葉から頭が何かを編み上げていた。そして、それが全て繋がった。


(そう、俺は、好きだったんだ。恵美がずっと好きだった。優子の告白を断ったのは恵美が好きだから。そして、恵美に告白しようとしていた。でも、恵美は他の男から告白されていた。そう、勇気がなかった。諦めた。自分の気持ちを殺して見守った。その日から自分を殺してきたのだ。今までずっと)


 恵美は追いつめられていた。猫またの強烈な一撃が恵美の頭上に振りかざされる。勇気は目を見開いて尻尾を払いけ、素早く回り込み恵美の前に立ちはだかると、鉄パイプでその一撃を受け止めた。


「こいつを傷つけさせない!」


 猫または勇気と力比べをして固まっている。

 必死で耐える勇気は猫またの目を見据えた。


(やっぱり、子猫の目が見える)


 恵美はそのすきに御札を前足と後足に張り付けた。猫または片方の前足を残して動きは封じられた。それでも威嚇したまま二人を睨みつけていた。恵美は猫またの足下に目を向けると、勇気にも見るように促した。炎の奥に小箱が透けて見えた。微かに鳴く声も聞こえる。二人はゆっくりと反対方向に回り込み、小箱を見つめた。そこには、子猫と母猫の姿が見えた。二人は頷き、猫またの前に行った。


「もう、やめないか」


 勇気が猫またに問いかけた。猫または威嚇の構えを崩さずに睨んでいる。


「その足下にいるのは、親子の猫だろ。お前は、親子を守っていたんだろ」  

「だったら、どうする。こいつらも殺すのか」


 猫またはまだ威嚇の構えを崩さない。


「殺さない。俺が責任を持って保護をする。約束する。だからもうやめよう」

「人など信用できない」

「そう言われても仕方がない。だが、約束する必ず保護する。今なら分かる。お前は、一つの猫またじゃない。俺が夢で経験し、見てきた犠牲になった猫たち。お前の中に俺が見た子猫がいるはずだ。母を呼び死んだ子猫が」


 勇気の言葉に猫またの目が微かに緩む。その目を見た恵美が言葉をかけた。


「それでも信じて欲しい。いま、この札をあなたに張れば御霊みたまを封じることができます。でも、それでは天には帰ることができません。けれど、自ら思いを昇華すれば御霊は天に帰ることができるのです。私も神職の身。嘘はつかぬ。責任を持って保護します。


 恵美が勇気を指さすと、驚きながらも勇気は頷いた。猫または炎を揺らして二人を見つめていた。


「勇気、お前はなぜ生きている。酒を清めてもそう簡単に呪いは解けぬ。死なないまでも目を覚ますことはないはず」


「死にたくなかった。生き延びたいと願った。それに……会いたい人がいた」

「そうか。なら、心しておけ。俺たちも生き延びたかったのだ。生まれたからには生きる権利がある。それを人が奪っていい理由などない。見ているぞ、勇気」


 猫または炎を空に向け燃え上がらせると、光り輝き消えていった。


「どうなったんだ。恵美、分かるか」

「うん。天に帰ったよ。ありがとうって言ってた」


 

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