恋は酔わないうちに(12)

 勇気は頭を撫でられ、安らぎと心地よさを感じてゆっくりと目を開けた。そこが自分の部屋だと気がつくのに時間がかかった。手に感触がある。誰かが手を握っている。温かく、柔らかい手。この手は馴染みがある。ゆっくりと顔を向ける。恵美が心配した顔で見ている。


「お前、恵美か?」

「そうだよ。勇気」


 勇気はたまらず手をギュッと握った。恵美は勇気の目から流れる涙を優しく拭いた。 


 グラスを受け取ると水を一気に飲み干した。カラカラだった喉が潤った。叫び、泣き、喘ぎ、体中の水分がなくなった感じだったのが、もとに戻った。恵美に時間を聞くと、まる一日寝ていたようだ。勇気にはとてつもなく長い時間に感じた。


「驚いたよ。ホープ君が私のところに来てしきりに鳴くから何かあったとのかと思って、何度も電話したけど通じないし。来てみたらこの状態だもん」

「ずっと、いたのか?」


 勇気の問いに恵美は何も言わないで、軽く頷いた。


「お腹空いてない?」


 その声にお腹は音を鳴らして素直に反応した。勇気は苦笑いをした。

 恵美はキッチンに行き、冷蔵庫や戸棚を色々さがした。


「へー、食材に調味料も揃っているんだ」そう言いながら、手際よく炊飯器でご飯を炊く準備をした。


「豆腐とネギがないから買ってくるね」


 恵美は部屋を出ていった。


 勇気はしばらく部屋を眺めた。夢から覚めたのかどうか、夢ならあまりにも現実的な夢。現実と夢の境目が分からなかった。痛み、苦しみ、臭いどれも現実だと思えたが、身体に傷一つ無かった。


 テーブルの上には、炊きたてのご飯、豆腐とネギの味噌汁、焼ジャケ、そして卵焼きがあった。勇気は卵焼きを口にした。



 記憶がよみがえる。大好きな味。ご飯をかき込んだ。熱いのもかまわず胃に収まる。


「おやおや、お腹を空かせた子猫みたい。お代わりいる?」


 恵美が笑いながら手を出した。勇気が黙ってそっと茶碗を渡すと山盛りのご飯が返ってきた。


「この味、好きなんだ。遠足の弁当、うまかった」


 勇気は味噌汁を啜ると、ご飯を夢中でかき込んだ。恵美はそんな勇気を嬉しそうに眺めていた。


 ご飯を全て平らげて、勇気は人心地ついて宙を見ていた。


「そうだ、これ、部屋の奥に落ちてた」


 恵美は御札を取り出して勇気に渡すとマジマジと見た。古宇勇気と名が入っていた。


「これが、お前が言っていた御札か」

「そうね。もしかして、ホープ君かな」

「俺じゃなければ、それしかないけど。なぜだろう?」

「そう言えば、ホープ君は?」


 ホープを捜す恵美に、勇気はスマホを見せた。


「あいつにはGPSを付けた。場所なら分かるから大丈夫。それよりも買い物の理由が分かった。猫またに脅されていたんだ。一昨日かな?突き止めたよ」


 恵美は「えーっ!」と、すぐに教えてくれなかったことを子供のように残念がった。勇気も教えたかったが、お見合いの現場を見たとは口には出したくなかった。しかも、寝込んだ原因がそれで酒を飲んだということも。とにかく恵美には謝って、協力して欲しいとお願いすると「分かればよろしい」と頷いた。

 勇気がシャワーを浴びている間、恵美も出かける準備をするために帰って行った。


 

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