恋は酔わないうちに(9)
勇気は部屋に帰るとその場にグッタリと倒れ込んだ。全身が鉛を抱いたように重かった。今まで気持ちが高揚していたため、断酒による倦怠感も気にはならなかったが、ここにきて何倍もの苦痛が襲ってきた。恵美にさえも迷惑をかけている自分が辛かった。自分が邪魔以外何者でもないように思えて仕方がなかった。
スマホが鳴った。母親からだ。無視する気力もなくゆっくり通話ボタンを押した。
「元気なさそうな声ね。そうそう、聞いたのよ。恵美ちゃん、今日お見合いなんだって。相手は獣医さんらしいわよ。知ってた?」
(いらぬ情報が舞い込んできた。おおかた恵美のお母さんから立ち話で聞いたのだろう。タイミング良すぎだ)
勇気は気のない相づちを打って電話を切った。
(獣医さんか・・・・・・どおりで優しいわけだ)
勇気は寝返りを打つと、カップ酒が転がっているのが目に入った。
(ホープの忘れ物か。なら、俺にも飲む権利あるな。いまさら一杯の酒を我慢して何になる)
勇気は酒を手に取り封を開けると、息つくことなく一気に飲み干した。液体が喉を焼きつけるように通り抜け、胃に収まっていく。次の瞬間、勇気はひざまずいてまっすぐ前を見つめていた。目に映る光景が消えていく。目を開けているのに光が失われていく。頭が暗やみに包まれていった。自分が何処にいるのか、どんな状態になっているのか分からなくなった。頭の中で声が響く。昨夜見た猫またの凄みのある声だ。
「勇気、お前は死ぬ。この酒を飲んだお前は死ぬ」
(俺が死ぬ・・・・・・)
勇気は暗闇のなか自分の身体が崩れ去り、倒れ込んでいるように感じた。遠くから誰かが近づいてくる。その姿がはっきりと見えてきた。顔を見た瞬間、凍りついた。近づいてきたのは勇気自身だった。うつろな目、感情のない表情で近づくと、倒れ込んでいる勇気の首に手をかけた。少しずつ力が込められていく。
(そうか、お前が俺を殺すのか。あいつのお荷物になるくらいなら、それも良いかも・・・・・・あいつがこれで幸せになるのなら・・・・・・いいかな)
意識が薄れていくなかで微かに目をあけ、首を絞める自分を見た。無表情なはずなのになぜだか悲しそうな目をしていた。意識は沈んでいった。
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