恋は酔わないうちに(8)
勇気は翌朝、ホープをジーッと見ながら話しかけた。
「お前、悩みはないのか?不満とかあるのか?」
ホープは黄色い瞳を丸くして、勇気をポカンと見つめるだけであった。しばらくにらめっこをしたあと、着替えて恵美が勤める神社に向かった。
神社は一駅離れたところにある。宮司は恵美の親戚で、恵美は高校生の頃からアルバイトで手伝いをしていた。大学を卒業すると宮司の勧めもあり職に就いて今に至る。勇気は電車を降りると、昨夜の光景をどう説明しようか考えていた。簡単なようだが、企画書を作成するよりも難しいと思えた。恵美の事だから素直に話を聞いてくれるだろうが、それを信じるかと言えばどうだろう。自分でも昨夜の光景が現実かと問われれば、首を振るだろう。いっそう幻影であれば気持ちも楽だと思った。
(でも、猫またのことなら恵美の方が詳しいはずだ。話半分で信じてくれなくても、何か解決になるヒントはくれるかも)
そう考えれば、気が楽になった。勇気は目の前に見えてきた赤い鳥居を目指した。この神社には、恵美と一緒に何度か訪れたことがある。最後に来たのは高校生のときだ。恵美がアルバイトで巫女をしているのを見に行くついでに、受験のお守りを買ったことを思い出した。あの頃から八年経つが、周りの風景はあまり変わっていなかった。
鳥居を一礼してくぐり、拝殿の方へ向かう途中に恵美を見つけた。遠目ながら、恵美の姿に何か違和感があるのがすぐに分かった。装束ではなく、白のワンピースに紺色のカーディガン姿。いつもの元気な雰囲気ではなく、清楚で知的な女性の姿。勇気の知らない恵美だった。どうしていいのか分からなくなり、恵美を眺めていた。恵美がお辞儀をしたので、手を振ろうとしたが、すぐに引っ込めた。勇気の目に入ったのは恵美に近づく紺色のスーツを身につけた男性であった。勇気は素早く手水舎の陰に隠れた。
(なぜ、隠れるのだ勇気!いやいや、どんな顔してあの場に現れたらいいのよ)
勇気は心の中で一人問答をしながら二人を眺めた。仕事柄、多くの人と接してきた勇気は一目で男性の印象を悟った。歳は自分より二つくらい上、外見もかなりいけている。女性に縁がないとは思えない。それに、優しく責任感のある感じ。同じ男だから分かるのだ。恵美はというと、笑顔で男性と話をしている。勇気には見せることがない笑顔。二人は、しばらく話した後、神社を出ていった。勇気は、その場に座り込んだまま、深くため息をついて流れる雲を見つめていた。
(あいつを俺に付き合わせちゃ駄目なんだよ。俺はお荷物にはなりたくない・・・・・・そうだよな)
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