チャットでニートを飼ってみた

のんちゃん

チャットでニートに会ってみた

僕にはニートの親友「N」がいる。


これから書くことは、僕が独自のチャットサイトを立ち上げ、彼の様子を観察し、その生態系に迫ろうというある種のドキュメンタリーだ。でもその前に、プロローグ的に僕とNのファーストコンタクトでありワーストコンタクトでもある馴れ初めを語らせて欲しい。


ひょっとするとルール違反になるかも知れないが、Nに直接興味が湧いた人のために彼の住むチャットへのリンクを掲載しておく。安易に接すると噛みつかれるので自己責任で覗いて欲しい。

http://www.okchat.fun


Nとの出会いは10年以上も前になる。当時、ネット上では2chを中心とした掲示板やチャットを通じたリアルタイムでの交流がまだ盛んだった。TwitterやFacebookが台頭してくる直前。ネットの夜明け前のような時代だったと思う。それこそ「ニート」という言葉が世間的に浸透してきたのも、同じような時期だったかもしれない。彼は、僕が出会った一番最初のニートだった。


「お気楽チャット」というチャットサイトに、Nはいた。チャット特有の「何歳?」「どこ住み?」的な挨拶をかわし、彼が僕と同い年であることが分かった。当時高校2年生だった僕は、すぐに違和感を覚えた。チャットのログには、深夜、早朝、そして日中を問わず、いつでも彼の名前があるのだ。「お前なんで常にいるんだよw ニートなん?」という冗談めいた質問に対して、彼は「そうやで」と答えた。


正直なところ、ニートというのはもっと卑屈で臆病であり、自分がニートであるという事を口外するのに抵抗感のある人種だと思っていたし、10年以上経った今でもそう思っている。これまで多くのニートと出会ってきた中でも、彼ほど堂々としたニートは見たことが無い。鬱屈したプライドのようなものが、無い。タダでもらえるものなら貰う。名より実を取る。働かずに暮らせるなら、働かない。嘘はつかないが、ルールや常識はたまに破る。誠実ではないが、裏表のない正直な男。それがNだ。


そんなNのチャットでの人望は厚かった。男女問わず、彼と話すことが純粋に楽しかったんだと思う。彼が起きている間は、チャットに自然と人が集まってきて、多いときでは20人を超えた。僕もチャットにはそれなりに張り付いていたものの、哀しいかな僕がいるだけでは人はろくに集まっては来なかった。Nは、特別面白い発言をするわけではない。性格がすこぶる優しいというわけでもない。むしろヤフーニュースを眺めながら「このまま日本終われ」的なコメントをチャットに書き込むような退廃思想のある男だ。それでも雑談してみると、彼の飾らない部分とか、たまに素直な部分に人が惹きつけられるのではないかと思う。


しかしNの人望、求心力を以てしてもTwitterへの人口流出は食い止められなかった。画面に張り付いて四六時中ログを眺めていることが前提のチャットに対して、掲示板にPUSH通知とメッセージの拡散機能が追加されたようなTwitterは、シンプルに便利だった。もちろんN自身もTwitterを使うようにはなった。ただ、一見するとオープンワールドのようでいて全員が他人というTwitterと、閉鎖的な空間でありながらも、「同じ部屋にいる」という共通点からクラスメイトのように自然と会話を発展させられるチャットとでは、チャットのほうが彼にとって居心地がよかったのかもしれない。


ほどなくして彼はTwitterのアカウントを消し、誰もいなくなったチャットに戻ってきた。しかしお気楽チャットそのものも時代の流れと共に、姿を消すことになる。だから僕がチャットを作った。


さて、次回からはNの考え方・現代社会における幸福とは何かということを少しずつ解き明かしていこう。

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