ドクターXmas

如月姫蝶

第1話

 ミグランス城は燃えていた。魔獣の大軍が、ついに攻め寄せたがための戦火だった。

 主戦場は既に城の上階へと移ったらしい。文字通りの火事場である一階には、戦闘員でも善良な市民でもない人影が潜り込んでいた。

「ダメだ!事切れてる。ご立派な全身鎧のお陰で、蒸し焼きになっちまったみてぇだなぁ……」

 一見して荒くれ者と分かる大柄な男が、倒れ伏した騎士へと駆け寄ったが、程無く吐き捨てた。偽悪的な笑みを浮かべようとしたが、熱すぎる空気に顔が引き攣れた。

「おい、こっちの騎士サマは、まだ息があるぞ!」

 相棒が声を張り上げた。

 二人の当初の目的は、まさに火事場泥棒を働くことであった。しかし、突入した城内には、彼らを柄にも無い義憤へと駆り立てるだけの惨状が広がっていたのである。

 今だけは真人間になろうと決意した二人は、まだ息のある怪我人を搬出する作業に取り掛かったのだった。


 城の外には、傷ついた兵士を受け入れる救護所が開設されていた。そこの主力は、回復魔法を操る神官たちだが、中には医者の姿もあった。

 にわかの真人間たちが運び込んだ騎士には、若い女の医者が駆け寄った。

「あ〜ら、危うく果てるところだったようですわね!

 けれど、もう大丈夫。私、失敗しないので〜……十中八九。

 いや、これだとさすがに五分五分かしら〜〜?」

 騎士の全身状態を素早く診ながら、医者は、率直にして物騒な言葉を紡いだ。

「決めた!

 あなたの足を一旦切断して、再構築します。でないと、大怪我した足の毒が心臓に回って、命に関わっちゃいますから。

 はい、九死に一生を得るためにも、まずはお注射しましょうねぇえ♡」

 医者は、神官の杖よりも大きいかもしれない謎の注射器を振りかぶった。

 息も絶え絶えだったはずの騎士が、一転して絶叫する様を愛でるように目を細めながら……

——それは、「バトル・オブ・ミグランス」の人気にあやかり制作された低予算映画「メディック・オブ・ミグランス」の一場面であった……


 映画の上映中、本来スタッフ専用であるはずの通路に、観客として入館した二つの人影があった。

 若い二人であり、金髪の男と茶髪の女という取り合わせであったが、恋人同士を思わせる甘やかな雰囲気とは無縁であった。

 女から手渡されたサウンドオーブ、そこに録音された音声に、男はポーカーフェイスで耳を澄ます。

 ……だから、セティーは……

 ……そう、枢機院の命令で……

 それは、よく聞き知った青年の声だった。まるで近所の猫の話でもするかのような気安い口調で、金髪の男——セティーの秘密について、女の質問にすらすらと応答しているのだった。

 質問しているのは茶髪の女——ポムの声である。

「これが、どうかしたのか?」

 セティーがポーカーフェイスを崩さないことが、むしろ事態の深刻さを物語っていた。

 この音声データが、もしも彼の直属の上司たる司政官の手に渡ったなら、ただでは済まないことなど火を見るより明らかだった。

「おわかりでしょうけど、彼がこんなにペラペラと喋ったのは、私が一服盛ったせいですわ。

 ねえ、お金の話をしましょう♡どこかエルジオンの法律なんて及ばない素敵な場所で。

 そうしたら、この音声データが流出するようなことには決してならないと保証致しましてよぉう♡」

 艶やかにして毒々しい紅い唇で、ポムは誘ったのだった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る