『殺さない殺し屋sus4の事件簿』人闇鍋

鳥居ぴぴき

人闇鍋

 偉い男がいた。そしてこの偉い男は、他の偉い人たちに負けず劣らずの悪人、である。

「ふぅーん。で、何? その面白い遊びってのは?」

 訳がわからない位に寝かせて、値段が跳ね上がったワインでほっぺたを紅く染めた偉い男が、わざと目を薄く開き、満足げに唇は歪め、ますます下品な表情で、取り巻きの下衆に聞く。

 「はい、これがとても面白いんですよ。菅さん」

 菅とは、この、偉い男のことだ。

「おい、もったいぶらずに早く言え!」

 そう言いながら、取り巻きの下衆の肩を乱暴に掴み、大きく揺すった。

 菅という男は、高校生の頃に人を殴った。経緯はこうだ。友人が内緒話をしていて、たまたまそれを見かけ、今の話を教えろと聞き、でも教えてくれず、それが癪に触ったからだ。

 大人になり、突然人を殴ることは無くなったが、酒が入れば話は違った。そして、今の菅は、当時友人を殴った時のように苛立っていた。

「闇鍋です!」

 取り巻きの下衆は勘がいい。バカのくせにうまくやってこられたのは、こういう時の勘の鋭さのおかげだ。下衆男はこの時、自分を卑下することを厭わずにただ相手の要求に応えようとする、下等生物的な発声をして、菅の征服欲を満たしてやろうとしたのだった。そしてその作戦は見事に成功した。

 「ふぅん。闇鍋。でも、闇鍋はしってるよぉ。真っ暗にしてみんなで具材を持ちよって、わいわいガヤガヤ騒ぐ、金のないバカのやる遊びだろう? それが何? 面白い遊びだってぇ、言うのぉ?」

 酒臭い口臭を、下衆男に吹きかける。小金持ちの癖に大口を叩く菅に、下衆男はより強く肩を揺さぶられていたが、殴られずに済んだことにホッとした。その表情は、菅の気を損ねない笑い方をしたままだ。

「これが、面白いんですよ。もちろん、ただ具材を持ち寄って……、なんて子供騙しの遊びじゃありませんよ」

 下衆は、周りの目を伺いながら、菅の耳に顔を近づけ、他のパーティーの参加者に聞こえないように、話を続けた。

「食材はもちろん持寄ります。それとね。人。へへっ、若い人をね、持ってくるんですよ。こいつはね、いいですよ。真っ暗闇で、誰かが持ってきた若い人をね、部屋の真ん中にある大きな鍋にね、食材と一緒に丸裸で入れてからにね、どんなもんか確かめ合うんですよ。どうしたっていいんです。へっ、大体人はね、金のない家から拝借するんですけどね、ひひっ、これが面白いんです。男でも女でも、ね。ね、ね。電気をつけて、誰がどいつを持ってきて、センスが有るだのねぇだの、こいつはいい具合だったとかね。へへっ」

 菅は鼻の下を伸ばしながら話を聴き、その後さらに酒とツマミを飲み食いして、あっという間にパーティーは幕を閉じた。明日、都会のはずれにあるアパートの一室で行われる闇鍋パーティー。これに参加することを決めた菅は、1人信頼できる仲間に電話をかける。

「おい、買い出しにいくぞ」


 * * *


 彼は本名を聞かれる時には、もう忘れてしまった。そう答えている。たまに気分がいい時には、今まで見て来た映画の中で、最も不幸な奴の名前を借りていた。

 仕事仲間や、依頼人たちは、彼のことを、sus4(サスフォー)と呼んだ。音楽用語になぞらえているのだが、彼はその意味を知らないし、興味もない。

 今日の予定は、とある人物の調査だ。とある人物とは、下衆男トオル。こいつは今夜行われるパーティーの主催者だそうだが、この男に関する情報はそれだけだった。

 sus4はいつも家を出る前に、コーヒーを飲み、ヒゲを剃り、トイレに行く。今日もいつも通りにこの作業をこなし、家を出た。外はもう暗く寒い。それでも厚着をしないのは、動きづらいと言う理由一つだった。それでも、あまりに薄着では目立つので、黒いセーターを着ている。ドアを出て時間を確認する。時計の針は午後10時を指している。


 * * *


「都会のはずれ、とは言っても全然。都会は都会に変わりないな」

 助手席に座り、タバコをふかしていた菅は、付き添いの男にそういった。付き添いの男は身長は178センチほどもある白人で、日本の怪しい文化に造詣が深い。と同時に、口が硬い男でもあった。もとより、あまり喋りもしないのだが。この時も菅の言葉に対して、少し首を縦にふるだけだった。

「うぅー」

 後ろの席で呻き声が聞こえる。昨日の夜に仕入れてきた若い女の声で、最初に車に押し込まれてから、二度目の声だ。三十分もずた袋を頭からかぶっていて、若い女の恐怖はピークに達していた。

「あ゛ああーあ゛ーー」

 呻き声から、奇声に変わる。菅は、こう言うわがままを暴力で解決することを好んでいる。が、この時の菅はその気持ちをぐっと堪えた。若い女の鮮度が落ちると考えたからだった。

 女の発狂が、疲れとストレスで嗚咽に変わる頃、菅は今夜の闇鍋のことを考えた。他の奴らはどんな人間を連れてくるのだろうと。菅が連れてきた若い女は、青い目をした、選りすぐりのブスだった。電気をつけた時にみんなが驚くのを楽しみにしている。この女には青い目の他に、右の奥歯が一つないと言う特徴があった。これは、暗闇の中で、万が一にも、この女に自分が当たらないための目印だ。

「あと10分くらいか」

 イライラする気持ちを落ち着かせるために呟いたので、気持ち悪いほど優しい声だった。固く握った拳をほどき、時間を確認する。時計の針は午後10時を指している。


 * * *

 

 sus4は、殺し屋だ。とある人物を殺害しなければならない。今から行くパーティーも、その男に関する情報を手に入れる為なのだが、彼はそういう仕事が得意ではなかった。なるべく物事をシンプルに考えてきた彼は、情報収集よりも、一撃必殺の方が性に合っている。そんなことを考え、階段を降り、自転車置き場まで歩く。

 車やバイクは使わない。ガソリンの補充、だとか、車検だとか、そういったものがめんどくさいからだ。ちなみに自転車の鍵もつけていない。盗まれてしまったら、新しいものを買えばいいと考えているし、何より鍵をすぐ無くしてしまう。そんな鍵のついていない銀色の自転車の前についた。そしてあることに気がつき、思わず声を出してしまう。

「えー、なんでサドルだけ盗むんだよ」

 仕方なく立ち漕ぎで走り出す。


 * * *


 ちょうど10分たった。周りは閑散としている。廃墟かと思うほど静かなアパートが何件か建っていた。目的の建物はその有象無象たちと同じ見た目で、面白みがない。菅と白人の男はすぐ近くの駐車場に車を止め、そのアパートの一室に向かう。白人が、若い女に被せたずた袋を外し、車から取り出す。

「でかい声、だすなよ」

 少しカタコトの声で女に言う。女は、外も見え、体の拘束もないことに安心し、暴れることはなかった。菅も口を挟む。

「悪いようにはしないよ。金だってちゃんと渡すからよ」

 車のトランクから、アタッシュケースを取り出し、ちらりと中身を見せた。女はそれを見るが、無表情だ。

 五分ほどで目的のアパートの部屋の前に着いた。随分とみすぼらしいアパートの203号室の前。今回の会場だ。が、その前に201号室に寄ら無くてはならない。今回の具材達を置いてくのだ。この部屋で若い人たちを袋で包み、だれが誰なのか分からないようにする為の仕組みだった。

 青い目の女を預け、203号室に入る。

 このアパートの、すべての部屋を下衆男トオルが、買い占めているらしく、普段は誰も住んでいない空き家なのだそうだ。この闇鍋パーティーでしか使うことがなく、埃っぽいところがある。

「埃っぽいな、このアパートはさぁ」

「いや、すみません。普段は空室なんで」

 部屋の中は、暖房が効いてた。1DKの部屋で、家具は何も置かれていない。真ん中には、子供用のビニールプールが置かれている。

「ふぅーん、これが鍋ってわけ?」

「ちゃっちいですがね」

 菅とトオルは下品な表情を浮かべ、まだ水の入ってないビニールプールを、軽く蹴ったりした。白人の男は、浴室兼トイレの扉の向こうでなにやら物音がすることに気がついた。

「誰かいるのか?」

 菅も気になっていることを、カタコトの言葉で聞いた。どうやら、もう1人客人がいるようだ。

「はい、僕の知り合いでね、毎回参加してるんですよ。彼はね、単純に、鬼畜ですよ」

 この言葉に菅は高揚感を覚えた。自身を鬼畜と認識するこの男は、ほかの鬼畜を黙らせる快感を知っているからだ。実際には鬼畜というよりも、悪趣味で意地が悪いといった方が的を射ているのだが、指摘してくれる友人もいなければ、自分で気がつくことも、もちろんない。

 浴室の扉が開く。中からは美青年が出てきた。美青年とはいっても年齢は二十代後半、長く伸ばした髪は若作りの一環だ。

「なぁトオル。この白人は誰だよ?」

 洋室の青年は声を荒げて言った。生まれてこのかた、甘やかされて育ったこの男は、思ったことをすぐに口に出す。この時も、ただ感情に任せてそんな言い方をしたのだが、白人の男も似たような境遇であり、こちらもただ感情に任せ、浴室の青年の腕を強く掴んだ。

「ダメダメダメ!」

 と叫びだしたのは浴室の青年ではない。下衆男トオルだ。理由はこう。浴室の青年はとある企業の社長の息子。つまりは若社長であり、そこに媚を売っているトオルにとって、謎の白人男が若社長に傷一つでもつけてしまうことは、自分の首を締め付けられているのと同じであるからだった。

 急いで白人の男に駆け寄り、そのすったもんだを治めに入る。

「まぁ、お二人とも、仲良くやりましょうよ、ね、ね、ね?」

 二人を引き離し終わると、冷蔵庫に向かい、よく冷えたビールをみんなに配り始める。

「ふぅーん、よく冷えてて良いねぇ、楽しいじゃないか」

 菅が言う。その声色は天使の羽のように優しいものだったが、それが却ってなんとも威圧的で、なにより、その表情が悪意に満ちた悪魔のようであるので、白人の男と若社長はその険悪な雰囲気を忘れることにしたようだった。かくして、闇鍋パーティーの舞台は整ったわけだった。


 * * *


 思ったより立ち漕ぎは疲れる。途中、サドルのない棒の座ってみることも考えたが、失敗することは想像に容易く、思いとどまった。家を出てから30分たち、一度自転車から降りる。地図を見る限り、目的のアパートまでもう半分くらいで着く。つまり、まだ30分はかかることを意味していた。

 近くにあった自販機で炭酸を買い、少しだけ飲もうと考えていた。しかし、ペットボトルではなく缶を買ってしまった。一気に飲み切らなくてはならない。sus4は、こう言った人生のミスが多い。仕方なく全て飲み干し、呟く。

「く、苦しい」

 三十分の自転車の旅は続く。


 * * *


 部屋の電気を消すと、想像以上の闇になった。カーテンは空けてあるが、ここは都会のはずれ、街明かりもなく、天気が悪いせいで、月明かりさえない。しばらくして、ドアが開き、袋を被せられた人が3人が部屋に入れられた。それぞれ、菅、トオル、若社長が連れてきたものだ。

「ほら、さっさとこっちに来いよ」

 とトオルが声をわざと荒げ、若い具材たちを、ビニールプールに入れた。それと、おまけ程度に持ってきたもう一つの具材たちを入れていく。

「これはなんですか? 金じゃないですか?」

「ふぅーん、どうだろうな」

 トオルはすぐに金に気がつき、その何枚かをすぐさまポケットにしまった。

「おい、こいつら、今どんな格好をしてるんだ」

 菅がトオルに聞くが、興奮した若社長がすぐに答える。

「今はね、服を普通にきてるよ、今はね」

「ふぅーん、今はか……」

 若社長が手探りでビニールプールに近づき、乱暴に具材たちの服を脱がす。と言うより、破っている。怒声を浴びせながら。具材たちが恐怖で叫ぶ。若社長は、何を言っているがわからないが、ひどく興奮していた。

「すごいねぇ。うん。若いっていいよねぇ」

 菅が感心している。何も見えていないが、その声や、息遣い、温度、匂い、若い人間の叫び声、その全てが彼をワクワクさせていた。白人の男も同じようなことを感じていて、辛抱たまらずビニールプールの方に飛び込んだ。

 興奮して、ジャパニーズ変態とはしゃいでいる。

「どうですか、菅さんも混ざりませんか?」

 トオルが菅の方に近寄り、耳打ちする。しかし、菅は一度気分を落ち着かせたかったようだった。

「タバコを吸ってもいいか」

「もちろん、あ、ただ、ベランダの方で吸っていただいてよろしいですか? 少しでも明るくなると、雰囲気が壊れてしまうので」

 もちろんと、菅はうなづく。窓を開け、ベランダに出てタバコを吸う。そこも真っ暗だった。部屋の中はかなり騒がしい。タバコを半分ほど吸っていると、ムクムクと興奮してきてしまい、部屋に戻った。

「さて、俺も混ざろうかな」

 菅がそう言うと、その時、若社長が情けない声をあげた。

「え、なんでそっちから声が聞こえるんだ!」

「ん? なんでって、俺はタバコを吸ってたんだ」

「いや、だって、今、だとしたら、今1人多いことになるぞ!」

 若社長は1人で慌てている。菅は、こう言う情けない声がとても嫌いだった。

「うるさいなぁ。君の勘違いじゃないのか? え?」

「で、電気だ、電気をつけよう!」

 と、電気をつけようとする若社長をトオルは静かに制した。

「まぁ、若社長、何かの勘違いですよ」

 トオルは、この暗闇の中でも、勘が鋭い。菅の気が立っていることを察したのだ。そして、この闇鍋を続けることが唯一の答えだと踏んだ。ここでは、この若社長をうなく宥めるしかない。これが失敗すれば、それは自分の首を絞めているのと一緒なのだ。

「なぁ、トオル。電気はつけるのか?」

「いえ、点けませんとも」

「ふん、ならいい」

 この時、トオルは必死に頭を回転させ、一つ解決策を思いつき、若社長に耳打ちした。

「これは、菅を怯えさせる為の遊びだったんですけど、仕掛け人のバカがヘマをしたんですよ。あとできつく叱っておきます。へへっ」

 若社長は半信半疑でトオルの話を聞いていたが、その必死さにやられ、仕方なく信じることにしたようだった。

 なんとなく不穏な空気が流れる。そんなことは御構い無しに菅はビニールプールに歩み寄り、女に触れた。

「ひっ!」

 女が悲鳴をあげる。菅は必要以上の力で女の腕を握っているからだ。乱暴に、なるべく乱暴に女を扱う。その声に、若社長とトオルは興奮を取り戻した。しかし、白人の男だけはそうはいかなかった。部屋の隅に行き、何やら母国の言葉で神に祈っている。トオルと若社長はその呪文に度々萎えさせられたが、悪趣味かつ悪趣味、極度のサディスティックが知能を持ったような男、菅だけは御構い無しに興奮していた。なんなら、普段は強く屈強な白人男が、怯えている声を聞くたびに軽く絶頂していた。

 菅がビニールプールに浮かんでいる食べ物を掴む。

 「これはちゃんと食べられるものだろうな」

 場違いに大きな声で、みんなに確認をする。

「もちろんですよ」

 トオルがすぐさま返事をする。

「ふぅーん、じゃ、この女でまず毒味だ。ほら食えよ!」

 わざわざ荒っぽく言う。暗闇で女がどこにいるかわからないので、とりあえず手に持ったそれを突き出す。すると、女はそれを手で払ってしまた。

「そう言う態度を取るんだ」

 菅はまず静かに威圧した。一呼吸おき、空気を大きく吸い込む。皮膚の全ての間違いが正されていくような快楽が体を覆う。そして、怒鳴り声をあげようとしたが、とある素っ頓狂な声のせいで失敗に終わった。

「うまっ、あっ、」

 突然、男の声が響き、とうとう白人の男は泣き出してしまう。

「ボク、レイカンガツヨイカラ」

 今までうまく喋れていた日本語がとうとう片言になってしまった。裸の女たちも、阿鼻叫喚している。若社長は必死に電気をつけようとするのだが、なぜか点かない。

「おい、なんでつかねぇんだよ!」

「知らないヨォ」

 トオルは、突然の出来事に脳の処理が追いついておらず、荒城の月を歌い始めた。その歌がこの部屋の空気をさらにおかしくしまい、菅は遂に絶頂を迎えた。

 それから、どれくらいの時間が経っただろうか。トオルの荒城の月をバックに、白人男のアヴェマリアが流れる。不思議と、若社長がかちゃかちゃと電気をつけようとする音がビートを刻んでいて、菅は体を揺らしていた。

 歌はいよいよラストを迎えようとしていた。が、そこで無情にも部屋のドアを叩く音がした。

 部屋全体が一気に静まる。


 * * *


 sus4の父親は、自殺で死んだ。sus4が中学校に入学する前の春休みのことだった。父が死んで、その三年後、母は病気で死んだ。満足に薬が買えなくなったからだ。

 父が死んだのは、会社の倒産が原因だ。倒産の際に出来る多額の借金を帳消しにするために自殺した。しかし、公にはこう発表されている。会社経営における人間関係のストレスでうつ病になり、自殺。

 sus4の父親の会社の経営は概ね好調だった。しかし、企業直後の契約書類において、重要な契約違反があると、とある企業からの報告はあり、事態は急変した。父はその時

「大丈夫、あんな詐欺には引っかからん」

 と言っていたが、それから半年後、sus4の父は会社の倉庫の隅で首をつった。


 * * *


 もう、目的のアパートの下まで来ていた。サドルの無い自転車は適当なところに置いた。

 sus4には、殺さなくてはいけない男がいた。その男は、菅直樹。この男に関する情報にはすぐさま食らいつく。今日も、トオルがパーティーで菅と接触すると情報を得てここまでやって来た。ただ、あくまで情報収集なので武器は持っていない。ここで重要なことに気がついた。どうやってトオルと接触するか。まず、普通にチャイムを押して、出て来てくれるのだろうか? 少しだけ考えを巡らせた。しかし難しい事を考えるのが苦手なsus4は、結局そのアパートの一室に、突撃することにした。理由はこうだ。「隣のアパートと間違えました」

 203号室の前に着く。時計の針は11時を指していた。深呼吸をして、部屋のチャイムを押す。


 * * *


 トオルが、静かにドアに向かう。途中、様々なことを考えていた。いったい誰がチャイムを押すのか。もしかして警察にばれたか? いや、そんなはずはない。こんなアパートの深夜だぞ。そもそも、誰も知らないはずなんだ。あ、そういえば、電気がつかないが、ブレーカーが落ちてるのかもしれないな。ためにし確認してみるかと、ドアを開ける前に手探りでブレーカーのスイッチをとりあえず動かしてみる。なんだ? 全部落ちてるぞ。

 カチッ

 部屋の明かりが点滅した。若社長が懲りずにスイッチをつけたり消したりしているからだ。


 * * *


 殺し屋sus4と名乗り、菅に関する情報を集めて来たが、実際、人を殺したことはなかった。菅だけを殺せればいい。

 sus4が押したチャイムがなる。しかし、誰も出てこない。ドアをバンバン叩く。それでも出てこない。なんだ、留守なのか? よく考え、下した決断はベランダからの侵入だ。

 203号室のベランダに入る。窓から中を覗くが誰もいない。とりあえず、室外機の前に座り、情報を確認する。あれ、今日はここでパーティーをするはずじゃ……

 もちろん、sus4は重大な間違いをしている。それは、パーティー会場はこのアパートではなく、物語冒頭の菅とトオルが出会った場所であるということだ。つまり、勘違い。

「あー、こんなんばっかだ」

 ため息とともに、弱音を吐いた。そして自暴自棄と緊張で昨日眠れなかったことが原因で、そこで眠ってしまった。日が登り、目が覚めてもやる気は起きず、寝ては起きてを繰り返した。時間が午後8時になった頃、なにやら物音がすることに気がつき、身をひそめる。

「いやー。今日はまた新しいお客さんが来るみたいだよ。なんだっけ。菅とか言ったかな」

 その言葉を聞き、眠気と惰性が吹き飛んだ。なんの因果か、ここに菅が来るらしい。sus4は菅の首を絞める想像をした。ここで殺してやる。

 アドレナリンが体を包み込み、外の寒さが快感に変わっていく中で、時間は午後10時20分。203号室の明かりがついた。

 なにやら、ガタガタと音がして、次に電気が消える。なにをしているのか分からないが、これは好機だと捉えた。今に窓ガラスを割って中に入ろうと考えていた所、中から1人の男が出て来てタバコを吸い始める。またも好機。今までの人生のつきの無さをここに来て取り戻しているように感じていた。すかさず部屋の中に入り、なぜか真っ暗な部屋の中をオロオロと進む。何か人に触れた。気が立っていたsus4はそいつが菅かどうかを必死に確かめようとした。

「さて、俺も混ざるかな」

「え、なんでそっちから声が聞こえるんだ」

 男の情けない声が聞こえた。やばい、そう思ったsus4は、壁を伝ってドアに向かい、ブレーカーを全て落とした。それから何も出来ず、部屋の隅に立ち尽くした。完全な闇の中で、男と女がまぐわうような音が聞こえ、下品な男の笑い声と、恐らく若い女の叫び声を聞いていると、ここにいるやつらは本当に人間なのだろうかと不安になった。まるで猿のようだと思い吐き気がした。

 途中、食べ物が飛んで来た。食べる気は無かったが、丸一日分の空腹が祟り、思わず口にしてしまった。思わず

「うまっ、あっ、」

 と声を漏らした。そこからは、阿鼻叫喚、幽霊騒ぎ、怒号叫喚の嵐だった。その途中で、誰かが、菅の名前を呼んでいた。sus4は菅と出会ったのだ。しかし、殺す気は起きなかった。部屋の中で流れる荒城の月とアヴェマリアを背に、sus4は静かに部屋を出た。


 * * *


  若社長は菅に怒鳴られ、電気をつけたり消したりするのを即座にやめた。部屋にいるのは、女3人と、トオルを含めた男4人。1人多いなんてやっぱり気のせいじゃないか。それにしても、あの青い目の女、ブスだな。時計をちらりとみる。11時、まだ30分しか経って無い。

 トオルがドアの鍵を開けたちょうどその時、菅は電気の復旧でついたインターホンのカメラの映像を見て叫ぶ。

「おい、警察だぞ」

 しかし、時すでに遅し、警察がドアを開けた。菅は、窓からベランダに飛び出した。なぜか窓の鍵は空いてる。ベランダから飛び降りて逃げようとするが、2台のパトカーと、警官2人がこちらをじっとみてが立っている。

 若社長が叫んだ。

「俺たち、もう終わりだ」

   

 * * *


 sus4は家に帰る途中、警察に通報することにした。いままで、菅への復讐のために生きて来た時間がひどく無駄に感じたからだった。あの暗闇で、くだらない女遊びにふけり、バカみたいなお化け騒ぎ、バカみたいな取り巻きの男たち、可哀想な女たち、その全てと、わざわざ接触することが、あまりに無駄だと気がついたからだった。sus4という名前も、殺し屋と名乗ることも、今日で辞める。この通報が皮肉にも、殺し屋としての最後の仕事だ。

 ことの顛末を話す。もちろん、自分に不利になるような、例えば部屋への侵入とか、そう言ったところは伏せながら。

 警察はすぐ動いてくれるようだった。

「すみません、お名前は?」

「名前は、忘れました。明日になれば思い出すんですけどね」

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『殺さない殺し屋sus4の事件簿』人闇鍋 鳥居ぴぴき @satone_migibayashi

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