第1話 祖母の形見
「え、おばあちゃんが死んだ? エイプリルフール…じゃないよね」
数年ぶりに送られてきた母親からのメールは「祖母死去形見送る」という8文字だった。
冗談か? 内容が内容なんだから冗談ならちゃんとわかるようにしなさい。
翌日、祖母からの手紙と一緒に目の前の箱が送られてこなかったら、母親からの嫌がらせだと思ってたところだ。
ほんと、なんなんだろ、あの人は。
世間では親ガチャという言葉が人気を博しているけど、そんなガチャある訳ないと自信をもって言える。
だって、わたしが引いたのノーマルでもないもの。
ただし、「忍耐力お試しガチャ」と言うなら激レアと引いたと自信をもって言える。確率0.0001%くらいかな。もし、人生の運の量が平等というなら、わたしは宝くじで確実に10億円を当てる自信がる。
ま、そんな夢みたいなこと言ってもね。今はわたしはわたしのやるべきことがあるから。
今はこれ。目の前のジュエリーボックス。
勿論、中身は空っぽ。あの親が中身そのままで送ってくるはずはない。それでもこのジュエリーボックス、これでもかと言う程、宝石が散りばめてあるのだ。
こう見えて宝石関係にはこれまで針の穴程も縁がなかったわたしだけど、このキラキラ具合は本物の匂いがするわ。これはこれまで1円たりとも使ってこなかった運がいよいよ貯金箱からあふれ出してきたか。
ふふ。そうきたら行くところは決まってるわよね。
最寄りの駅、その駅前には金色に輝くショップ「成金王」。マジックミラーがお洒落な近代的ビルが立ち並ぶ中に一箇所だけ小さな金色の正方形。折角の駅前風景を歯の折れた櫛みたいにさせながらも萎縮するどころか堂々とした存在感。ここまでくればもう見事としか言いようがない。
店の正面はドア3枚分。両開き自動ドアにはドア1枚分足らず、やむなく片側自動ドアを採用したのだろう。
そんなことを考えながら片側自動ドアの前に立つ。ドアは静かに横にスライドする。自動ドアの音が小さいのはポイント高だ。外観が良いのに自動ドアが騒音を撒き散らし大幅原点になる店も度々ある。この店は、うん、合格。そして、中は…
うん、狭い。
狭いと言っても予想通りの狭さ。でもオッケーだ。なぜって? それは内観がシンプルだから。狭い店内にゴチャゴチャと物を置きすぎるのは問題外だけど、この店はお見事。あるのは品のある机1つ、その上に置かれた小さなノートパソコン、そしてレジ。それ以外は何もない。で、目の前にはスーツを着て黒長髪を後ろに流すイケメン男が1人、出来るオーラを控え目に放っている。
完璧だわ。
わたしが店に入ると急ぐ素振りなくスムーズに立ち上がり軽く会釈するイケメン。初来店客の緊張を簡単に受け流してみせる。
このイケメン、出来る。
わたしがイケメンに勧められるままに席に座ると目の前に滑るように差し出される名刺。
この出来るイケメン、この店の店長だって。
でもあえて「店長」なんて書く? こんな小さい店なのに。部下もいなさそうなのに。それでもわたし的にはあえて書くところが高評価。小さな店でもれっきとした店だもんね。なんか可愛らしい。
支店長さんの爽やかな促しに従って、早速ジュエリーボックスをバックから取り出す。店長さんは白い手袋をすると、そっと触れて持ち上げ、上下左右を入念に確認する。箱を開けても良いか尋ねられたのでそれを了承すると、店長さんが慎重に蓋を開け…られない。
わたしを見る店長さん、それを見て首を傾げるわたし。変だ。うちではちゃんと開いた。中に何も入っていない事を何度も確認した。わたしも箱を手に取り開こうとする。うん、開かない。なんで?
開かないものは仕方ない。もともと箱としての価値はないと思っている。わたしの狙いは箱に散りばめられた宝石だ。これに価値があればそれでいい。
わたしがそれを伝えると、店長さんは軽く首を横に振る。そして箱についているキラキラは全てイミテーション、つまり紛い物だと告げられた。店長さんの話術のおかげだろうか、それを伝えられたがそんなにショックはなかった。また次回何か手に入ったら気軽に見せに来ようと思えた。
そしてわたしはうちに帰る。どうして開かなかったのか、あれこれ考えながら。
うちに帰るとジュエリーボックスを置く。なぜ売れなかったのか。自分の形見だから持っておけという祖母のメッセージなのか。色々な思いが浮かんては消える。そして何気に箱を開ける。見事に開く。
どうした、わたし。考えるのを止めるのはまだ早い。もう少しだけ考えるんだ。
もう一人のわたしが励ます中、いつものわたしはかけていたメガネを箱に放り込み蓋を閉じる。そして夕飯を食べながらテレビをつけるのだった。
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