第23競争 約束に縋ってる

 放課後に教室の掃除当番だったわたしとそらが少し遅れて競馬愛好会に向かうと

 すでに火山ひやまさんと一ノいちのせさんは立ち上がっては向かい合い、言い争いに発展していた



「ボクの事はボクが決める。ミズキに言われる筋合いはない」

「ニコ。学校も最近は午後からが多かったり、授業に集中してないみたいだし、何で分かってくれないの? 」

「分かってくれないのはミズキだよ」

「じゃあ。何の為の約束なのよ」



 一ノ瀬さんの言葉遣いがいつものぶっきらぼうな感じじゃないのが事の重大さを物語っているようだった 

 何よりもあの我関せずのエイルちゃんが両腕を広げながら2人の間に入ってるし


 小柄な火山さんよりもさらに10センチは低いエイルちゃん

 一ノ瀬さんとの身長差なんて30センチ位ありそうだし

 上手く2人を引き離せずに逆に挟まれて潰れそうになっている


「もう。あの2人、エイルにも気付いてないんじゃない」



 素早くエイルちゃんを後ろから引っ張る空


「一旦止め!! エイルが潰れそうじゃない」


 火山さんと一ノ瀬さんはエイルちゃんを見てハッとしたかと思うと罰が悪そうに俯いた


「ごめん、エイルっち。ボク今日帰るね」


 悲しそうな目でわたしたちを見ると火山さんは部屋を後にした

 引き留めようとも思ったけど(今は2人を離そう)と、空に言われて声を掛けるのを思いとどまった


「ん、ひー。一緒に帰る」


 エイルちゃんが帰り際に空を見ると

 空は声には出さなかったけど(お願い)と口は動いていた


 火山さんと一ノ瀬さんを一緒にするの今はまずいけど

 互いを1人にさせとくのも不安だった


「風間。すまない」


 一ノ瀬さんも憔悴した様子でソファに座り直す


「ん、ボルケーノ手前だった」


 それだけ言い残すと小走りにエイルちゃんは部屋をあとにした



「まったくだ。久し振りに本気で言い争いしちゃったよ」

 

 小さく頭を振ってから上を見上げては、ため息を付く一ノ瀬さん

 普段は見られない光景だ


 一生懸命掛ける言葉を探してたら

 甘い匂いがしてきた

 


「ミズちゃん。これ飲んでよ」


 空はグラスを一ノ瀬さんの手前に置いた

 グラスには生クリームとミントの葉が添えてあった

 


「ミルクココアだよ」

「ありがとう」

「おぉ。しおらしいミズちゃんが、いつになく可愛い」


 空の冗談に憂いを帯びた顔で無理に微笑もうとする一ノ瀬さんが痛々しかった


「私って小学生の頃から変わってないな。全然ダメダメだ」

「ミズちゃんがダメダメなら、アタシたちはどうなんのよ。ね、すい

「え? あぁ……ね」


 わたしってやっぱりダメダメなの? 恋人からもダメダメだと思われてんの??

 自分で言う分には良いけど、人から言われるとグサッと来るよ


「そ そうだよ。空なんて忘れもの多いし、テスト範囲教えても違うとこ勉強してくるし」

「彗だって、ボーッとして良く人にぶつかったり、話聞いてなかったりするじゃん」


 フッと笑うと一ノ瀬さんはグラスに口付けた


「甘くて爽やかな味がする」

「ミント入れてるからね」

「2人はずいぶん仲良くなったんだ」


 どういう表情をしていいか分からず空と顔を見合わせた


「星宮はしょっちゅう言ってたんもんな1年の頃から」

「ちょ、ミズちゃん。しーだよしー」

「何それ? 聞きたい」

「星宮が、あの子を競馬愛好会に入れたい。って」

「あぁ。わたしが定期入れ落として『ナツクララ』の写真持ってたの分かったから」

 


 ほくそ笑む一ノ瀬さんに顔を両手でおさえる空 

 はて? 違う理由だった??



「そういうことにしとこう」

「ミズちゃんのバカ。今はニコイチの問題でしょ」

「そうだよ一ノ瀬さん。あんなにいつも仲良かったのに」


 沈痛な面持ちに戻る一ノ瀬さん。

 空と2人で見守ってると静かに口を開いた



「ニコ。一次試験合格したって」



 そう言う一ノ瀬さんの唇はわずかに震えていた


「え!? ニコちゃん。去年で諦めたんじゃなかった? 」

「私にも伝えず今年も受けてたんだ。先月に1次試験あって合格して、来月に2次試験が待ってる」



 話に付いていけない。けど、口を挟んで良いのかも微妙だし



「騎手になんてなれる訳ないし、万が一なれても女性騎手が中央で活躍出来る訳がない。辛い思いをするだけだ」


 騎手……ジョッキー? 火山さんが騎手になる為の試験を受けてた。ってこと??

 飛行機に乗る際に言ってた、夢追い人とか現実を見るとか。それで北海道で仲違いしたんだ



「ニコイチの喧嘩原因はそれだったのね」

「小6の頃にニコから言われたんだ。『ミズキは中学も高校も大学もボクと一緒だよ、離れちゃダメだよ』って。そんな約束にすがってる私もバカだけどな」

「そっか……」

「でも、まさか星宮と平地が、こんなに早く付き合うとは思わなかったけどな」



 突然の展開に2人で慌ててしまい言葉を詰まらせる


「本当に付き合い出したんだ」

「ミズちゃん?? 」

「確信はなかったから、カマ掛けてみたらその反応だ」

「もぅ! 何処でバレたのかと思ったよ」

「ほぼバレてるだろ。名前呼びに変わったし、平地の星宮に対する接し方も」

「え? わたし変わった?? 」

「前は星宮に対して卑屈じゃないが、何処か遠慮してる感じだった。今は対等って感じだな」

 


 そうなんだ。自分では気付かなかったけど変わったのかな

 きっと空が変えてくれたんだ


「って、今はわたしたちじゃなくて一ノ瀬さんと火山さんの話」

「なんにしろ。おめでと」

「ありがとう。ミズちゃん」


 優しく空は微笑むと言葉を止めた。

 誰も喋らないから運動部の元気良い掛け声が遠くから聞こえてくる

 


「そんなにアタシたちって信用ない? 頼れない?? 」

「いや。私の悪い癖でつい1人で考えて悩んでしまう」

「ミズちゃん。頭良いからね」


 また黙り込む一ノ瀬さん


 誰かが言葉を発する度に言葉は質量に変化して空気と混ざり合う


 おもっ 物凄い重い空気なんですが 頑張って口に出すぞ 頑張れわたし


「あ あの。一ノ瀬さんは騎手になるのを反対してるの? それとも離れちゃう事に反対してるの? 」


 目を見開く一ノ瀬さんがハッと息を呑んだように見えた


「帰る。私、帰るわ」

「え? ちょ、一ノ瀬さん。気に障ったならごめんなさい。謝るよ、ホントにごめんなさい」

 


 戸惑いながら何回も頭を下げた

 傷付けちゃったかな



「別に。時間も時間だから」 


 そのまま一ノ瀬さんは出て行ってしまった



「どうしよ、空。一ノ瀬さん怒らせちゃった」

「ホントにそう思う? 怒ってたってより、痛い所突かれて逃げたように見えたけど」

「どっちにしても最後まで話してくれなかったし、どうしよう、さらにこじれちゃったら」

「これ以上は拗れないでしょ。ここまで来たら、もうショック療法だね」


 ショック療法? 何か手があるのかしら


「彗。2人だけになったね」 


 わざわざ目の前に立ってはニコニコと両手を軽く広げ

 おいでのポーズを取る空だけど  


「ホントにバカ何じゃない? こんな状況でっ」


 言い終わる前に 

 抱き締められ「大好きだよ」と囁かれる

 わたしの好きな匂いに包まれた

 今までに何回キスをしたかとかは

 どうでも良くなって回数も数えるのを止めた


 一ノ瀬さんと火山さんが大事な時に

 頭では2人の事を考えてるけど

 空とのキスは気持良くて

 心と体がふわふわとしてくる



 唇が離れると抱き締められたまま見つめられる


「彗。知ってる? 『女は理由があれば良い、男は場所さえあれば良い』アタシたちはどっちだろね? 」

「何の話よ」

「早くニコイチを仲直りさせないとなぁ」

「空、させる気ある? 」

「あるよ。じゃないと、落ち着いて彗とイチャコラ出来ないし」


 もうしてるじゃん。って言葉は飲み込んだ

 これ以上のイチャコラなんて……

 今は火山さんと一ノ瀬さんだった。



 空の言ってるショック療法ってなんなんだろ?



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