第20競争 普通じゃない

 まさかわたしまでウエディングドレスを着ることになるとは思わなかったよ

 星宮ほしみやさんだけで良かったんじゃないの?

 わたしは付き添い。って、聞いてたんだけど


平地ひらちさんだっけ?。どう着られたかしら」

「はい。一応は」


 着替室に入ってくる徳永とくながさん

 今回撮影してくれるカメラマンさんだ


「やっぱりペールブルーの方が似合うじゃない。素敵よ。良いが取れそうね」


 わたしにドレスを着させてくれたアシスタントの2人も頷いてるけど、16歳でウエディングドレスを着るとは思わなかった 

 なんなら一生着ないのでは?って思ってたくらいだし


「突然あなたにまで頼んじゃってごめんなさいね」

「いえ、本当に私なんかで良かったんでしょうか? 」

「『なんか』って言葉は使っちゃダメよ、あなたが良かったの」



 優しく微笑んでくれるのは嬉しいけど、わたしは自分に自信がある方じゃない

 そもそも昨日の星宮さんの話と違うし

 昨日の話では星宮さんのお父さんの友人カメラマンが、地元紙に載せる用に、チャペルと花嫁さんを撮影する事になってて、その花嫁モデルさんが虫垂炎ちゅうすいえんに掛かってしまい、札幌に来てる星宮さんに代理で出て欲しい。って事だったじゃない


『パパが干されてた時期にも、お世話になった数少ない恩人らしいから断りきれない』

 って言ってたけど


「平地さんって本当に事務所とか入ってない? 後から問題になるのは勘弁よ」

「入ってないですよ。わたしは普通ですから」

「自分の価値を下げ過ぎても、周りは皮肉としか受け取らないわよ」


 どういう意味だろ? 


「まっ 良いわ。星宮さんの事務所には話し付けといたし、心の準備出来たら来てちょうだいね」


 アシスタントさんにレフ板がどうのこうの言いながら出ていく徳永さん


 心の準備かぁ 写真を何枚か取るだけ。って言ってたから

 わたしでも大丈夫かな


 試着室を出てアシスタントさんにドレスの裾を持ってもらいながらチャペルへと向かった

 星宮さんもドレス着てるんだよね?

 似合うだろうなぁ 何でも似合っちゃうもんね星宮さんは


 チャペルのドアを開けてもらい

 中へと入る

 バッヘルベルの『カノン』が流れてきた

 別に写真だけならここまでしなくても


 真っ赤なヴァージンロードを歩くと天井から天使の羽根が落ちてくる


 アンティーク調のシャンデリアに長椅子

 ステンドグラスの輝き

 彫刻の造形

 シャッターの切られる音

 視覚と聴覚は認識してるけど


 意識は祭壇に立っている星宮さんにしか向かない

 純白のウエディングドレス

 編み込みにしたドライフラワーがしてあるヘッドドレス

 両手に持つブーケ


 本当に綺麗だなぁ

 ずっと見てられるよ

 ずっと見ていたいよ


 わたしも祭壇に上がり星宮さんと向かい合う 

 神聖な儀式が始まる


「素敵だね平地さん。凄く綺麗」

「1000倍にして、その言葉返したいよ。何か星宮さん。綺麗過ぎて涙出そうだもん」

「ダメだよ。化粧崩れちゃうから、汗かくのもアタシ我慢してるんだから」


 どうやって汗って我慢できるの?


 徳永さんがアシスタントさんと何か話してるのが見えたかと思うと


「2人さ良い感じだから、女の子同士の結婚式って感じのも取ってみたいんだけど」


 2人で顔を見合わせる

 口元を緩める星宮さん


「アタシたちはどうしたら良いですか? 」

「平地さんが星宮さんのベールを上げてキスする振りまでをお願い」


 わたしに向き直る星宮さん


「だって」

「星宮さんの方が身長あるのにね」

「アタシと2センチしか変わらないでしょ」

「星宮さんは花嫁さんが似合うもんね」

「平地さんもだよ」


 つい笑みが溢れてしまう

 浅く息を吐いてから星宮さんと真っ直ぐに向かい合った


 目を閉じてる星宮さん

 ベール越しでも長い睫毛や形の良い鼻に見惚れてしまう


 緊張を抑えながら、一歩近付きベールを上げると星宮さんは目を開いた


「振りじゃなくてしちゃう? 」

「……やだ」

「平地さんはしたくないの? 」

「ひ……人前ではやだ」

「しばらくしてないのに? 」

「……恥ずかしい」

「ホント可愛いね。平地さん」


 星宮さんはクスッと笑ってもう一度目を閉じる

 2人顔を寄せ合う


 したいに決まってる

 わたしは望んでたんだ

 でも


 徳永さんやアシスタントさんは盛り上げる為なのか

 私たちに『綺麗』『神秘的』『素敵』など色んな美辞麗句を並べ立てる



 そんなんじゃない

 そんな称賛や美辞麗句を浴びる度に

 わたしと星宮さんの関係が軽くなる 辞めてほしい

 神聖な儀式が汚されていく

 消費されるだけのものになる

 言わないでほしい


 嫌だ不快だ聴きたくない


「平地さん。スマイルスマイル」


 星宮さんがいつ、目を開いたのか気付かなかった

 わたしの眉間を軽く押してくる星宮さん


「笑顔じゃない花嫁さんなんかいないよ」

「ごめん」

「平地さんの笑顔がみたいな」

「急に出来ないよ」

「出来るよ」


 星宮さんは頬をすぼめた変顔をしてくれた

 自然と笑い声を上げるわたしがいる


「ほら、出来た」

「だって、星宮さんの変顔とか初めてだもん」

「だね。私も初めてやった」


 この人を好きになって良かった

 また涙が出そうだったけど頑張って堪えた

 シャッター音も雑音もどうでも良くなった

 光という光を集め照らしてくれる、目の前の人が笑ってくれてるから


「オッケー! お疲れ様!! 私史上1番良い画が取れたかも、本当にありがとう。着替えて良いよ」



 声が掛かるまで徳永さんの存在自体忘れてた

 星宮さんのウエディングドレス姿を少しでも焼き付けようとしてたから


 星宮さんと着替を済ますと徳永さんが待ってくれていた


「暑い中、レフ板とかガンガン当てちゃってゴメンね。外での撮影がなくて良かったよ」

「ですね。それにアタシたちも楽しかったですし、勉強になりましたから」

「星宮さん。さすがプロだね、ここの地下に昔使ってた少人数用のチャペルあるみたいだけど、涼しいし雰囲気良いから行ってみたら」


「へぇ。そんな場所あるんですね。行ってみよ平地さん」

「平地さんも、人を惹き付ける力あると思うよ。本格的にモデルやってみたら」

「人前は苦手ですから」

「残念。謝礼はアシスタントに渡してあるから帰り際に貰ってちょうだい」


 星宮さんとお礼を言い

 地下のチャペルに行ってみることにした



「階段降りると、空気感がずいぶん違うんだね」

「石階段になってるから、ひんやりとしてて気持良いけど」


 地下に降りると小さい木製のドアがあった 

 ドアノブあるけどこれって


「勝手に入っていいのかな? 」

「良いんじゃない。入ろうよ平地さん」


 少し建て付けが悪いのかギイッと軋む音がする


「部活部屋のドアみたい」

「だね」


 ドアを開けるとさらに

 ひんやりとした空気が肌に触れる


「平地さん。これ、サスペンスとかホラー展開にならないよね」

「辞めてよ。わたしホラー苦手だから」

「アタシも苦手なんだけど」


 大分使われてなかったのかな?


 薄暗い中をゆっくりと進んで行くと少しホコリ臭いのを感じる

 見覚えがあるステンドグラスに調度品の数々


「さっきの大聖堂にあったミニバージョンっぽいね」

「だね。昔は光り輝いてたんだろうけど、今は窓からの薄日しか入ってないよ」



 そう言いながら薄日が差し込む場所へと向かう星宮さん


「ここだけスポットライトみたいになってる。おいで」


 星宮さんに手招きされる


「ホントだ、ここだけ少し温かいかも」

「ホコリも見えちゃってるけど」


 薄日は小さい祭壇に差しこんでいた

 その薄日に包まれるわたしと星宮さん


「ここなら2人だけだよ」


 わたしの反応を楽しむように口角を上げる星宮さん


「神様も見てないし、アタシと平地さんだけだよ」

「星宮さんがどんどん、イジワルになっていく」

「最初からイジワルだよアタシ」


 星宮さんの茶色い瞳にいつものように吸い込まれる

 目の前にいるのは、白馬の王子様でもイケメンなアイドルでもない

『星宮 空』って女の子だ 


 何で泣いてんのよわたしは

 恋愛なんかで泣くようなキャラじゃないでしょ

 今度はこらえきれず涙が出てきた


「なんで泣いてるの? 」

「わたしも分かんない」

「大丈夫だよ」

「何が? 」


「……女の子同士でも」

「口説かれてる……?」



 思わず俯いてしまう

 わたしは怖いんだ

 怖がってるんだ

 普通の恋愛じゃないから

 自分で『普通』ってなんだろ?

 言っておきながら

 星宮さんとの関係が『普通』じゃない事を認識してたんだ


 俯いてる、わたしの顎に星宮さんは手を添え軽く引いてきた


「最初から口説いてたよ。見るのはこっち」

「顎クイだよね。これ」

「だね」


 わたしの好きな匂いが近付いてくる


「逃げないの? しちゃうよアタシ」

 

 怖いけど前に進んでみたい

 普通じゃないなら

 2人だけの普通を作っていく


「いいよ」



 豪奢なドレスも飾りもアンティーク調のステンドグラスもヴァージンロードもいらない

 さっきまでの撮影はキラキラしてたけど全部偽物だ

 この場所は薄暗さとホコリ臭さしかない

 それでも星宮 空といられるなら

 コッチの方をわたしは選ぶ

 涙と一緒に柔らかい感触に溺れた 

 3回目のKissは甘くてしょっぱかった


 唇が離れる

 照れくさくて話題をそらした


「火山さんたちは今頃白い恋人パークかな」

「アタシたちには白い恋人は出来た」

「意味分かんない」

「だね。大好きだよ」


 

 4回目のキスは今までよりも優しかった

 


 わたしに星宮 空という

 女の子の恋人が出来た

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る