第20話 ボクと『天職』【統魔師】
ああ、夢だなと、すぐにわかった。
それも今までに見たことが無いくらい、鮮明で強烈な夢だ。
この世界には職を司る神様がいて、15歳になる少年少女に『天職』と呼ばれるものを授ける。
例えば『剣士』を授かれば剣の腕が上がり、『魔術師』を授かれば魔術の技量が伸びる。
そして『天職』は、一度授かったら二度と変わることはない。
一般に、職の女神はそれぞれの一番秀でた才能に即した『天職』を授けると言われているため、大人たちは口をそろえて子供にこう言い聞かせる。
『将来の仕事をきちんと考えなさい』
『夢をもって鍛錬に励みなさい』
だから
山奥に一流の剣士がいると聞けば竹刀を持って教えを請い、旅の魔女が訪れればもてなす対価として手ほどきを仰いだ。
山に詳しい叔父が野草を取りに行くと言えば籠を持って追いかけて、野草の知識を増やした。狩りに向かうと言えばハンティングの方法を教わった。
算術に明るい商家のおばさんの手伝いをして算術を教えてもらった。読み書きができる村長に師事し、文字を学んだ。
自分の成長につながると思ったことなら、なんだって取り組んだ。たった15年間真剣に生きれば、きっとすごい『天職』を授かるはずだと、そう、信じて。
挫折しかけたことだって、一度や二度じゃない。
魔力を増やすためにクソまずい栄養剤を飲み、無駄な贅肉をつけないために食事に制限を課し、日が昇る前から日が暮れるまで鍛錬に明け暮れ、日が暮れてからはロウソクの明かりで勉学に励む日々。
それでもボクは、ただの1日もサボらなかった。
職の女神さまも、ボクの努力を見ていてくれると信じていた。
いつかボクのこれまでが実を結ぶ日が来る。
幼かったボクは、疑うことを知らなかった。
「あなたの天職は――『魔物使い』です」
考えもしなかったんだ。
理想が、打ち砕かれる日が来るなんて。
待ち望んだ日が、絶望を告げに来るなんて。
……現実は残酷だった。
ボクが思うより、ずっとずっと。
「バカな……『魔物使い』だと⁉ それは、それはかつて世界を混沌に陥れた
「神官様! この子がそのような非道な『天職』を授かるはずがございません! 何かの間違いでは⁉」
その時のボクは知らなかったけど、かつて『魔物使い』の『天職』を授かった者が、魔物の大軍を連れて世界各地に侵略を繰り返したことがあったらしい。
同時期に『勇者』が表れ、『魔物使い』は倒されたらしいが、その悪逆性から彼は魔物の王――
「天啓は絶対です。――様の天職は『魔物使い』でございます」
その日から、全てが覆った。
「おじさん、野草を一緒に――」
「すまん。今は忙しいんだ」
「……昨日も忙しいって言ってたじゃないか。じゃあ、いつならいいっていうのさ」
「すまん。帰ってくれ」
叔父の態度が翻った。
一緒に山に行きたいと言えばほころばせていた顔は、怒りと悲しみをごちゃまぜにしたような表情で塗りつぶされていた。
「おばさん! この時期は人手が足りなくて大変でしょ? ボクが手伝うよ」
「え……、ああ、うん。気持ちだけ受け取っておくよ。だからうちの敷居はまたがないでおくれ」
優しかった村のみんなが、ボクを拒絶した。
言葉の節々生えたトゲが、ちくちくとボクの心を突き刺していく。
「……師匠、ボクは、ボクは」
「お前には、ほとほとあきれ果てた」
ボクに剣を教えてくれた師匠は、ボクと口をきいてくれなくなった。
ねえ、どうして。
なにがダメだったのさ。
どこをどうすれば良かったのさ。
……ボクがいったい、何をしたっていうんだ。
ボクの『天職』は、みんなが望んだものじゃなかったかもしれない。忌避して当然のものかもしれない。だけど、だけど。
「ボクだって、望んでこうなったわけじゃない――ッ」
それは、慟哭だった。魂の叫びだった。
『将来の仕事をきちんと考えなさい』
『夢をもって鍛錬に励みなさい』
みんながそう言うから、必死に生きてきた。
それなのに、無駄だって言うの?
たった一度、たった一度のお告げで、それまでの人生は否定され、これからの未来は崩れ去るというの?
……んだよ、なんだよ、それ!
だったら、ボクはいったい、何のために……。
「お呼びですか? 村長」
『魔物使い』を授かって、1週間ほど経ったころだった。その日ボクは村長に呼び出された。とっくに日は暮れ落ちていて、天心には月が輝いている。
「村のみんなで、お前の処遇について話し合った。その結果を、知らせようと思う」
村長は、苦虫を噛んだような顔をしていた。
それだけで、全てがわかった。
彼が何を言おうとしているのかも、これから何が行われようとしているのかも――
「ここで死んでくれ」
――どうして、夜遅くに呼び出されたのかも。
「『魔物使い』がこの村から出たとなれば、外の者はわしらを悪魔を生んだ村と迫害するじゃろう」
「……なに、それ」
こぼれた声は、震えていた。
「そうなってしまえば、わしらは生きていけない。飢饉が起これば、流行り病が広まれば、たちまちこの村の者は全滅してしまう」
「なんなんだよ、それ……!」
だからボクに死ねというのか?
そんなの、身勝手だ。
ボクの意思は、どうなる。
「すまぬが、村の総意なのじゃ」
「……ふざ、けるなぁぁぁぁ‼」
声をあげて、村長に掴みかかろうとした。
村長の横に立っていたおじさんが、ボクの腕を掴み、頭を抑え、地面に叩きつけた。
鼻っ柱からぶつかった。鼻骨が砕ける感覚がして、ダラダラと血があふれ出る。
「ボクが何をした! ボクが何を間違った‼
疑うことを知らなかったことか?
お前らみたいな悪党を信じたことか!
ああそうか、それとも――
生まれてきたこと自体が間違いだったとでも言いたいのか‼」
ボクの声に、答える人はいない。
ああ、腹が立つ、腹が立つ。
はらわたが煮えくり返ってしまいそうだ。
「答えろよッ‼」
「そうだ」
「ふざけんなぁぁぁぁ‼」
……『魔物使い』の真価に気づいたのも、この時だったっけ。
ちょうど、一匹の魔物がボクの能力の効果範囲内に迷い込んだんだ。
――――――――――――――――――――
【DOMINATE;シャドースライム】Lv13
――――――――――――――――――――
Activation
【Skill;影魔法】
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*
「……ボクは、ボクは」
少し、まどろんでいた。
霞む意識の森から記憶を引き上げる。
ここはどこだ。ボクは何をしている?
「……あ、ああ」
視界を埋め尽くす魔物の群れを見て、ボクは思い出した。
「そうか。ボクは、負けたのか」
僕を圧倒的数量で取り囲んでいるのは最弱の魔物、スライムだった。
その景色を見ながら、あの日ボクを助けてくれたのもスライムだったな、なんて、思い出したって今更だな。どうでもいい。
「殺せよ、スライム
簡単すぎる選択だ。
迷うことなんて何もない。
あの時、村のみんながそうしたみたいに。
「……そうだな」
そう言って、スライム
ああ、終わりか。
終わるのか。
嫌だな、死にたく、ないなぁ。
「だから、ここからやり直そうぜ」
だけど、その手はボクに差し伸べられるだけだった。
「は?」
こいつ、何言ってやがる?
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