第21話 これが俺の答えだ

 黒いはこに封印された魔物を8体捕食して、残りひとつになったときだった。

 違和感に気づいた。


 スライムたちが、そのひとつだけには手を出そうとしないのだ。


 近づきがたいほど強力な奴が封印されているのか、と思ってみたがスライムのジェスチャーをうかがう限りそのような様子はない。

 どちらかと言えば、身内を心配するような……。


「まさか、な」


 多分、賢い選択は、有無を言わさず捕食してしまうことだと思う。これで俺の予想が外れていて、はこの内側に強力な魔物が潜んでいた場合、俺は死んでしまうかもしれない。

 だけど、確かめずにはいられなかった。


 ごくりと、喉を鳴らし、ふたを開ける。


 するとすぐに瘴気が溢れ、魔物が現れた。


 漆黒の体。

 ぷるりと艶めく流線形。

 その魔物の名は。


「……シャドースライム?」


 影魔法を使える、希少種のスライムだった。

 だが、レアとはいえ最弱の魔物の系統だ。

 1体いるくらいで、戦況が大きく変わるものではない。


 ここまでの8体は、どれも強力な魔物ばかりだった。それがどうして、最後だけスライム……?


「っ⁉ 影魔法⁉」


 と、その時、シャドースライムが俺に魔法をかけた。とっさに目を閉じたが、それが攻撃魔法ではないとすぐに気づく。


「これは……【影贈かげおくり】……?」


 それは、自分が見た光景を相手に思念として贈る魔法。ただし、そこに映る生物は一様に影に塗りつぶされている。

 その中で、ただ一人。

 それが誰なのかわかる人物がいた。


「……統魔師モンスターマスター


 そしてわかった。

 どうして最後の一匹だけが最弱の魔物だったのか。


 いや、正確には。

 最初の一匹が、このスライムだったこと。

 この男が、このスライムだけはずっと肌身離さず大切に育てていたこと。


「……くそ。こんなもん見せて、俺にどうしろって言うんだよ」


 いや、わかっていた。

 本当は俺がどうするべきなのかを。


「……あーくそ」


 と、そのタイミングで気絶していた統魔師モンスターマスターが目を覚ました。

 ほどなくして状況を理解した統魔師モンスターマスターが、諦めたようにつぶやく。


「殺せよ、スライム召喚士サモナー。でなければ、ボクはいつか必ず君に報復するよ?」


 ああ。知っている。知っているさ。

 パンドラボックスから奪った能力で、お前の腹積もりは看破させてもらっている。


 でもな、でもな?


「……そうだな。だから、ここからやり直そうぜ」


 俺は、彼に手を差し伸べた。


「は? 何を言っている。何を聞いていた。殺せよ、スライム召喚士サモナー

「テメエの方こそ、何を聞いていやがった」


 俺はすでに、言ったはずだぜ。


「俺は、テメエのやり方が気に食わねえ」


 人の弱みに付け込んで、人の心を踏みにじって、そういうやり方が気にくわないって言ってるんだよ。


「お前を倒すのは簡単だ。でもな、それじゃ何も変わんないんだよ」


 気にくわないから消す。

 それじゃあ、俺のやってることはこいつとなんら変わらない。


「今回の件で、お前だってわかったはずだ。お前のやり方を俺がくじいたように、俺がお前を倒して理想を追求したって、いつか破滅の時は来る」


 だから、ダメなんだよ。

 このやり方じゃ。


「だから、もう一度やり直そうぜ」


 今度こそ、後悔しない道を歩くために。


「俺とお前なら、絶対できるって」


 手を差し伸べたまま、統魔師モンスターマスターの答えを待つ。

 彼は口を開いて、何かを言おうとして、だけど言葉を見つけられないという様子でうつむいた。


「無理だよ。やり直すにはボクは、歪みすぎた」


 後悔か、それとも懺悔か。

 統魔師モンスターマスターは、訥々と言葉を紡ぐ。


「彼女、水精魔術師。あの子の妹が両親を殺してほしいといったのは確かだよ。だけど、負の感情をあおったのはボクなんだ」

「……予感はしていたさ」


 おおよそ、コレットにミラベルを襲わせたのと同じような手口なんだろう。知ってるさ。知ったうえで、この提案を持ちかけている。


「君にどぶさらいの仕事を斡旋していた仲介人。彼を気にくわないからという理由で殺したのもボクだ」

「あのおっさん死んでたの⁉ それは初耳なんだけど⁉」


 鉱山奴隷に落ちたんじゃなかったの?

 何で死んでるのさ。


「わかっただろ。ボクはもう――」

「まあ、関係無いな」

「は?」


 関係無い。関係無いんだよ、そんなこと。


「どうせ全員、蘇らせるから」

「……何を言って、そんなこと、できるわけない」

「おいおい。『天職』っていう世界の絶対構造を壊そうとした奴が何を言ってる」

「っ、それとこれとじゃ訳が違うだろ!」

「違わないさ」


 許されないと思っているなら、簡単に死ぬな。

 生きて、生きて、最期の一瞬まであがなって、それから死んでも構わないだろ。


 償い方がわからないなら、俺が作る。

 全員復活させて、罪をあがなえ。


「……君って、頭悪い?」

「ああ、よく知ってるよ」

「おおよそ荒唐無稽な話だね」

「だけど、俺はまだ諦めちゃいねえ。お前はどうなんだよ。諦めて、挫折して、そんな状態で満ち足りた死を迎え入れられるのかよ」


 選べよ。

 答えは最初から、決まっているだろうけど。


「……ひどい人だなぁ、君は」

「は? どこかだよ。俺ほど心が広くて優しい人はそうそういないぞ」

「心が広くて優しい人は自称しないから」


 統魔師モンスターマスターは、ため息交じりに呟いた。


「簡単に死なせてくれないなんて、君は本当にひどい人だよ」

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