第7話 タイダ、膝をつく……
ここで会ったが百年目という言葉がある。
長寿の人でさえ百歳を超えることは稀なので、前世からずっとあなたのことを捜していましたという告白の言葉である。
嘘である。
「とうとう見つけたぜ、ハズレ天職のジークよぉ」
町を歩いていると、変な奴に絡まれた。
声質で、その相手がだれかわかった。
剣神のタイダだ。
無視するか。
「おい、なんとか言ったらどうだ」
「『夢十夜』で
「は? 何言ってんだテメエ」
「いや、なんとか言えっていうから」
「無関係な話をしろとは言ってねえよ⁉」
最初からずっと『ここで会ったが百年目』って話してただろ? 何も無関係じゃないだろ。
「IQの低いタイダには難しすぎたか」
「ぐっ、テメエ‼」
まあそもそもこっちの世界に『夢十夜』なんて無いんですけどね、夏目漱石さんもいないし。
「まあいい。僕は寛大だからな。許してやらんこともない」
「そっか。じゃあな」
「ただし! 条件がある!」
「えーじゃあ許してもらわないでいいよ。心の狭量なタイダくん」
絶対面倒なの目に見えてるし。
交渉下手か。
「どこまでも僕を馬鹿にしやがって‼ いいからコレットを返せ‼」
「へ?」
「うおおおおお! 【
うわ、肉の塊が走ってくる。
「ほい、【瞬雷一閃】」
「ぶべらっ⁉」
「あ、しまった」
つい反射で叩き返してしまった。
いやだって怖いじゃん。
体重100キロはあろうかという肉塊が、俺目掛けて全速力でどすどす足音を立てながら近づいてくるんだぜ?
トラックにはねられるのとは別ベクトルの怖さがあるわ。
「……なんだったんだ」
コレットってウィッシュアート家のメイド辞めてきたんじゃないの? どういうこと?
*
「辞めてきましたよ? 当然ですが」
マンションに帰ってコレットに聞けば、あっさりと答えが返ってきた。
「だよな。さすがに無断で抜け出すみたいな騒ぎになりそうなことしでかすわけないよな。安心したよ」
「ご心配なく。きちんとウィッシュアート家保管の雇用契約書を焼却処分したうえで私はこの場におります」
「俺の安心を返せ」
一方的に契約破棄しただけじゃんそれ。
そりゃタイダもわめきたてるって。
「とにかく、そういうことなら一度話し合ってから――」
「ジーク様! 私は、あそこに戻りたくないのです‼」
「……コレット?」
「どうしてもというのなら……私は首を括ります」
「暇をいただきますじゃないのか」
決意が重いわ。
……よくはないと思うけどなぁ。
そこまで思いつめるほど、辛い思いをしていたのか。
俺の後を追いかけて来てくれたのは、単に好意だけじゃなくて、そういう複合的な要因があったからなんだな。
「……わかった。コレットがそこまでの思いでここに来てくれてるなら、俺もそれを無下にはしないよ」
*
「……あれ? ここは? 僕は何を」
ジークに敗れたタイダが目を覚ましたとき、タイダはどこか知らない部屋にいた。
埃っぽい部屋だった。
部屋のあちこちには蜘蛛の巣が張っていて、部屋というより廃屋という印象を受ける。
「やあ。目が覚めたかい?」
「誰だ!」
「あはは。最近よく名前を聞かれるなぁ。でも、自分から名乗る人には出会わないんだよね。ボクは教育水準の低下に嘆かざるを得ないよ」
「誰だと聞いている!」
気が付いた時には、部屋の隅に男が立っていた。
起きた時にはいなかったと思ったのに、いったいいつの間にそこにいたのか。
「そうだなぁ。ボクを表す名前はいろいろあるけれど、ここでは
「
「そうさ。欲しくないかい? 忌々しい相手を、圧倒するだけの力が」
男の甘言に、タイダの脳裏に何人かの人物が描かれる。その中には当然、ジークも含まれている。
「君は『剣神』だ。人より劣るわけがない。そうだろう?」
「だが実際に――」
「そう。君は敵わない。何故なら、他の奴らがズルをしているからね」
「何? どういうことだ」
「言った通りの意味さ」
この時点で、タイダの頭に男の言葉を疑うという発想は無かった。事の真偽なんてどうでもよかった。
あいつらはズルをした。
その真実を僕だけが知っている。
そう思うとなんだか気分が高揚し、心地よくなったのだ。
「寄越せ」
だから、タイダは求めた。
「いいのかい? 詳しい話も聞かず」
「つべこべうるさいぞ! 僕を誰だと思っている! 『剣神』だぞ! いいから力を寄越すんだよ!」
「あはは。わかったわかった。はい、どうぞ」
「――っ⁉ 待て、なんだそれは――‼」
いつの間にか、男の手には黒い靄が溢れている。
あれは危険だ、この場を離れろ。
必死に脳が訴えている。
だが、反面、体は影を縫われたように動かない。
「やめろおおぉぉぉぉ‼」
痛い、痛い、苦しい、つらい、気持ち悪い。
タイダはもがき、首を掻きむしった。
爪が皮膚を抉り、血があふれ出す。
「うーん。適合率は12パーセントってところかな? 君、センス無いねー。『剣神』を授かった男ならって期待したのに」
「ぐあっ、ぐぅぅぅぇぇぇぇぇ‼ くるじ、だずげ……」
「ボクに触れるな、愚物が」
「ぶべらっ‼」
男が呟いた。
それだけだ。
ただそれだけのことで、言葉に宿った力だけで、タイダはその場にひれ伏した。
まるで王を前にした臣民が、頭を垂れるように。
「うぐっ、ぐごぁ」
その間も、タイダの体は不自然な方向に膨れ上がり、軋み、悲鳴を上げ続けている。
それがたっぷり30分ほど続いただろうか。
やがて、黒い靄に全身を塗り替えられたタイダが、そこにいた。
理性を失ったような白い目、不気味なほどに浮き上がった血管、むき出しの牙の隙間から滴る唾液。
「グルッ、グルルルルァ‼」
両手を地面につけて四足で雄叫びを上げるその姿は、もはや人ではない。
……獣のそれだった。
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