トレーニーは異世界でも筋肥大を目指す

ホームトレーニー

第1話 トレーニー筋肥大の為に異世界転生!

 いつもと変わらない道……いつもと同じ建物……見慣れた景色がもう二度と見ることが出来なくなるなんて……この時はまったく思っていなかった。


 ?「気が付いたかね?」


 目を開けると、やせ細った白髪に長い白髭を蓄えた老人が話しかけてくる。白と赤の服でも着て、もう少し恰幅かっぷくが良ければサンタクロースと言われても誰も疑わないだろう。

 

 ――凄く体が軽い……こんなに軽いのはいつ以来だろうか……


 ゆっくりと上体を起こし、辺りを見回す……そこはまるで雲の中にでもいるかのように白いもやに包まれていた。


 老人「すまなかった……君を死なせるつもりは、まったくなかったんじゃが……」


 老人は、そう言いながら虚空こくうを見つめ申し訳なさそうな顔をしていた。


 ――死なせるつもりはなかった? てかあのジジィどこ見てんだ?


 ――現に今こうして生きているじゃないか、一体何を言っている……?


 老人は、虚空こくうを悲しそうな顔で見つめ口を開く……


 老人「状況が掴めていないようじゃな……無理もない……ほれ」


 老人が上空を指さすと、立ち込めていた白いもやがスッと引いていき、そこに映像が映し出される。


 ――どういう原理だろうか……プロジェクターでも隠れているのか?


 辺りをキョロキョロ見回しても、そのようなたぐいのものは見当たらない……


 老人「よく見なさい、君が何故そうなったのかを」


 映像を見るように促され、目を移すとそこには自分の姿があった……


♢♢♢


 「ふッッっ!」


 ベンチに寝そべり肩甲骨を寄せ足を床につけ踏ん張ってブリッジを作るとバーベルをラックから持ち上げた。


 このトレーニングは、ベンチプレスと言って大胸筋つまり胸を鍛える為のトレーニングだ。

 

 ちなみにベンチプレスの成人男性の平均は40キロと言われている。


 バーベルの両端には、20キロと書かれた鉄のプレートが3枚付けられている……バーベルの重量を含め総重量は140キロ。


 ゆっくりと肘を曲げ胸にバーベルを下ろしていく……胸につくまで下げ切り勢いよくバーベルをもとの位置まで押し返す!


 「ッッ!」


 鉄と鉄がぶつかり合う鈍い音を立てながらラックへとバーベルを戻す。


 「つよし! 調子よさそうじゃねぇか!」


 タンクトップを着た色黒の中年男性がベンチに寝そべっている男に声を掛ける。


 「うん、来週には大会があるんだ! しっかりと仕上げておかないと!」


 ベンチから起き上がり床に置いてあるタオルで汗をぬぐいながらつよしと呼ばれた男は笑顔を見せた。


 中年「来週には大会って……お前、減量末期なんだろ? それで自己ベスト上げる奴なんざ、なかなかいないぞ!」


♢♢♢


 ――そうだ……いつもどおりジムで胸のトレーニングをしてたんだ……


 映像を見ながらゆっくりと自分の状況を思い出す……


 老人「思い出したかね? つよし君」


 頷きながらも視線は映像から離すことが出来なかった……なぜなら……この後……


 老人「さぁ、ここから先の映像が君に事故が起きる瞬間だ……心を強くしてみなさい。どんな強い人間でも自分の死の瞬間は受け入れることができないからね……」


♢♢♢♢


 中年「おいおい……大丈夫か……」


 視線の先には、160キロに挑戦するつよしの姿があった。


 自分のMAX《げんかい》重量から20キロ追加というのは、はっきり言って無謀であった……筋トレをしている人なら誰しもが思うであろう……さすがにそれは無理だと……


 だがつよしは、何故か挙がる気がしていた……


 ――間違いない挙がる! 調子が最高にイイぞ!


 そして……事故は起きた……


 いつもと同じルーティン……ベンチに寝そべり肩甲骨を寄せ足を床につけ踏ん張ってブリッジを作りバーベルをラックから持ち上げる。


 ゆっくりと肘を曲げ胸にバーベルを下ろしていく……胸につくまで下げ切り勢いよくバーベルをもとの位置まで押しかえ……


♢♢♢♢


 「うっ……」


 急に気持ち悪くなり床に四つん這いなる……脳内に事故の瞬間が苦しさが蘇る……


――そうだ……思い出した……挙げ切った瞬間力が抜けて首にバーベルが落ちてきたんだ……


 老人「すまなかった……ワシが死を迎える人間を誤ってしまったばかりに……」


 そう呟いた老人の言葉を聞き流すことはできなかった……


 強「ちょっと待て……死を迎える人間を……? 何言ってんだジジィ!?」


 事故のフラッシュバックにより力が入らなかった下半身が嘘のように力を取り戻し勢いよく立ち上がる。


 老人「ワシは、死を司る神。死神なんじゃ……本当は君ではなくあの中年男が死ぬはずだったんじゃ……」


 そう死ぬのは、中年の男だった……彼は、大量の筋肉増強剤ステロイドにより内臓がボロボロになっていたのだった……サイクルを組みケア剤を飲むのを怠ったのである……死神は彼を死へと導くつもりであった……

 

 死神の念を中年の男へと送ったはずだった……が……


 死神は……視力が驚くほど落ちていた……誤ってつよしにかけてしまったのである…… 


 頭に血液が上がっていくのを感じた瞬間……気が付くと老人の胸倉を掴み自分の頭よりも高く持ち上げていた。


 ――来週はボディビルの大会だったのに……自信があったのに……このジジィのせいで!


 そう思うと体が勝手に動いていた、


 老人「すまなかった……本当にすまない……あの中年の男を最後に死神は引退するつもりだったのだが……最後にまさかこうなるとは……」


 しかし元をたどれば無理な重量のベンチプレスにチャレンジした自分が悪いのだ……


 老人をダンベルを床に置くかのように丁寧に地面へ下ろす……


 老人「本当にすまなかった……罪滅ぼしといっては何だが……ワシは生も与えることが出来る……だから君に異世界での生を与えようと思うのだが……」


 申し訳なさそうに老人しにがみは、つよしにそう告げる。


 つよしは、首を横に振り微笑みを浮かべた。

 

 ――それが自分の人生なら仕方ない……トレーニーとして筋トレで死ねたなら本望だ……


 老人「そうか……残念だ……筋肉の成長限界をなくして、尚且つ良質なタンパク質が食べ放題な世界に送ってやろうと思ったのだが……」

 

 ――なんだと……?


 老人「さらに、トレーニングでケガをしないように頑丈な体、たくさんのタンパク質でも消化できる強靭な胃腸……誰にも負けない並外れた怪力……」


 強「是非! 行かせてください!」


 こうして、つよしは異世界へ行くことを決めたのであった。


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