第2話 再会

 俺に初めて、好きな人が出来た。


 その人の名前は美月みつき

 聞いたことが本当ならば、彼女は月のお姫様らしい。

 美月とは昨年の十五夜に出会い、それからはもう会っていない。

 だが、俺は美月と別れ際に約束した。


「また一年後の十五夜に会いましょう」


 ずっとこの日が待ち遠しかった。そして今日、とうとうその日がやって来たのだ――――。


 今日は二〇二一年九月二十一日。世の中では十五夜と呼ばれる日で、今日も一年前と同じように、外は快晴で、鳥も元気そうに鳴いている。


「今日も良い一日になるといいな」


 俺は好きな人が出来てから色々と変わった。

 元々興味がなかった服も雑誌等を見て流行に乗ったり、嫌々やっていた神社の掃除も美月に会いたいという気持ちが支えになって頑張れた。


「全て今日のためだけに頑張ってきたんだ」


 いつもと変わらず高校の制服に袖を通し、高校に向かう準備を始める。

 外は秋の訪れを示すように涼しい風が吹き始めていて、家の近くの公園には、青や紫のアサガオが咲いていた。


「もうそろそろ行かなきゃ間に合わないな」


 出されていた朝食のパンを手に取り、高校へと向かう。

 今日も高校から帰った後、いつも通り神社の参道の掃除をする予定だ。

 なるべく早く終わらせられるように、頑張らなきゃな。いつ美月が現れるか分からないし。

 今日の日課は、他の曜日と比べて比較的楽な教科が揃っているため、あまり疲れなくて済む。

 これなら神社の掃除も頑張れそうだ。



※※※



 そして、あっという間に下校の時間を迎えた。

 思っていたよりも時間が過ぎるのが早い。

 美月に会うのが楽しみすぎて授業に全く集中出来なかったからだろうか。


 俺はずっと美月のことを考えていた。授業中も昼飯を食べている時も。俺はそれほどまでに、美月のことを好きになっていたのだろう。


「人を好きになるのって怖いな」


 俺はそう独り言を呟きながら苦笑して、神社に向かって走り出した。


眞都まなと、今日も頼んだぞ」


「父さん、分かってるって。今からやろうと思ってたところだよ」


「今日は随分と早いんだな。何かやることでもあるのか?」


「まあ、ちょっとね」


 俺は一年前の十五夜の日以降から、父と仲良くやっていけている。


「じゃあ、行ってくる」


「おう、気をつけてな」


 父と別れ、神社裏の物置小屋から箒を取って参道へ向かった。

 物置小屋から参道まではあまり遠くなく、一分ほど歩けば着くくらいの場所にあるため、掃除の始終がすごく楽だ。


「さて、頑張りますか」


 俺が掃除を始めた時間は約十五時半。これならいくら遅く終わっても、十七時までには終わるだろう。

 本当は夜にやるということで決まっているのだが、最近は父と仲良くなったおかげか、少し早くても良いということになった。

 俺はそれから一時間ほどして掃除を終えた。まだ陽は沈んでおらず、綺麗な夕焼けが見えている。


「やっぱまだいない、か……」


 周りを見渡してみると、美月らしい姿は全く見えない。


「どうしよう、あのベンチに座って待っとくかな」



※※※



「あれ、起きちゃいました?」


「あ、美月か、おは……って、美月!?」


 今の一瞬で俺の思考は停止した。座りながら寝てしまっていた俺が、何故美月に膝枕してもらってたのか。


「一年ぶりですね。眞都さん、お久しぶりです」


「うん、久しぶり。それよりどうして俺は美月に膝枕してもらってたんだ?」


「あ、すいません。もしかして嫌でしたか?」


「ぜ、全然嫌じゃないよ。寧ろ嬉しいけど、どうしてかなって」


「んー、どうしてでしょう。自分でもよく分からないんですけど、寝ている眞都さんを見た時にしてあげたいな、って気持ちになっちゃって……」


 美月は悩むように月を見て、頬を掻きながらもそう答える。

 俺もその言葉を聞いてから、急に恥ずかしさが込み上げてきた。


「そ、それは、ありがとう……」


「い、いえ、どういたしまして」


「でも美月、こんなに遥々地球に来ても良かったのか? その、病気、とか」


 恥ずかしさが抑えきれなかったため、なんとか違う話題に変えることにした。

 病気のことが気になったのは本当だけど。


「大丈夫ですよ。あと余命は約一年は残っているので。最後の思い出作りって感じになりそうですけど……」


「嫌だ、俺は美月と来年の十五夜にも会いたい。その病気は本当にどうにもならないのか?」


「はい。眞都さんと出会った十五夜の日から約一年が経ちましたが、私の病気を治す方法は未だ見つかっていません」


 まだ見つかっていないのか……。

 月で見つかっていないのなら、地球でも見つかっているはずがない。


 …………クソ!


 やはり運命という言葉は嫌いだ。

 いくら抗ったとしても、運命は変わることはない。もう、美月が死ぬ運命は避けられない。


「あの、聞きたいことがあるんですが、いいでしょうか」


「いいよ」


「ありがとうございます。一年前の十五夜の日、眞都さんが私に言ってくれた言葉は本当ですか?」


 俺があの日に言ったこと……?

 あれ、なんか言ったっけ。


「ごめん、俺なんて言ったっけ」


 結局分からなかったため聞いてみると、美月は頬を膨らませた。


「もういいです! 今のは忘れてください!!」


「え、あ、ごめん、ごめんって!」


 美月が怒った様子を見せたため、頑張って頭をフル回転させる。


「あ、もしかして俺が美月に一目惚れしたってこと?」


「そうです!あれは本当ですか?」


「……本当だよ。まさか嘘だと思ってたのか?」


 今更隠すのもどうかと思い、告白みたいな感じになってしまったが、本当のことを話した。


「いえ、嘘だとは思っていません。ですが、私はあと一年近くで死んでしまいます。絶対後悔しますよ。眞都さんはそれでもいいんですか?」


「確かに後悔するかもしれない。でも余命なんて関係ない。俺はキミを好きになってしまった。ただそれだけだろ」


 俺がその言葉を言うと、急に強い風が吹き、美月の地面につきそうな長い黒髪は大きく揺れ、美しい顔は隠れてしまった。


「あ、ありがとうございます。今日はそれが聞ければ十分です。じゃあ、そろそろ帰りますね」


「ちょ、ちょっと待って!」


「なんですか?」


「いや、まだ話していたいなって思って……」


 少し恥ずかしかったが、こう言うしか美月を足止め出来ないと思った。

 もう会えないかもしれない。その事実を知ってしまっている以上、俺は美月とまだ別れるわけにはいかない。


「眞都さんは、私との別れが惜しいのですか?」


「……そうだよ。何か悪いか?」


「いいえ……」


 美月はそう言って、俺の方に向かってくる。


「な…………美月?」


 俺の体に美月の体温が伝わってくる。

 美月は俺の体を抱き寄せたのだ。


「大丈夫です。私はきっと、また眞都さんに会えます。だから、安心して待っていてください」


「そうか、わかったよ。美月」


 俺は手を振って、美月と別れた。

 最後かもしれないし、もう少し話をしていたかったが、美月のためにも早く帰らせた方が病気のためにも良さそうだ。


 俺は美月の言葉を信じて、美月を待とう。


「また一年後の十五夜でも、キミと会うことが出来ますように」


 俺は背を向けた美月を見ながら、心の中でそう願った。

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