さようなら天界➁

神村さんがスマホを取り出す。スマホという下界ではありふれた通信手段が、この場においては非常に特殊性を持つことになる。スマホによって、下界から天界へ通信を繋ぐのだ。下界の誰も、スマホを使って天界と通信しているとは思わないであろう。


画面を数回タップした神村さんが、スマホを顔の前に掲げる。数秒待った後、話しだした。


「あー、もしもし神村だか、神谷くんかね。今時間は大丈夫かな?そうか大丈夫か、時間を取って済まないね。神楽くんはそばにいるのかい?そうか、わかった。では、神山くんに取り次ごうと思う」


いよいよだ。これが、正式に天界と通信することが出来る最後の機会。さっき神村さんには、伝えたいことはまとまっていると言ったが、実は正直何も考えてきてはいなかった。考えをまとめてきたところで、きっと全てを上手く話すことはできないだろうし、なによりもう天界にほとんど未練がなかったからだ。


何かを伝える、というよりは、最後に神楽と話をしておきたかった。それと、さっき神村さんが言った「天界で凪沙ちゃんが接してきた神様や女神が、案外俺の近くにいたのかもしれない」という発見。あれも気になるなぁ。


「もしもし、神山だけど。神楽か?」


「……はい、神楽ですけど?もしかして、証人を見つけてきたんですか?」


「とぼけても無駄だぞ。お前、上から見てたから分かるだろ。あぁ、証人は見つかったよ。その証人の子が、意図的にトラックの軌道を左側に変えていた。その子は実は天界の元女神だったんだ。まぁ、これもお前は知っていただろうけどな。さて、これで俺とお前の食い違いも解消して、お前を下界に引きずり下ろす証拠も揃った。今の気持ちはどうだ?」


「……」


「そうだよな、何も言えないよな。お前が考えに考えて、その上で実行した計画が全て、この俺に暴かれてしまったんだから。これでいつでもお前を下界に引きずり下ろすことができる。だが、その前に少し話をしようじゃないか」


「話?今更なんの話をするのです?」


「まぁ、ただの世間話だ。そう身構えることはないよ。まずはお前、本当は九州地方じゃなくて、関東地方の区域担当神を任される予定だったんだよな?」


「……はあ、そうですが?なぜ今更それを……、まぁいいでしょう。計画が台無しになった今、何を話しても仕方がないですからね。聞かれたことの範囲内だったら何でも話しますよ。たしかに私は関東地方の区域担当神を任される予定でした。私は元々、下界でいうところの関東地方にあたる区域の天界で誕生しましたからね」


「あとお前、絵が上手だったよな?」


「……?意図がよく分からないですね。たしかに、私は絵を描くことが趣味ですが、上手かどうかは自分では分かりませんね。それがなにか?」


「お前の絵は上手いよ。ちょっと漫画風のタッチが、よりその上手さを引き立てている。まるで誰かの絵を見てるみたいだ」


「結局、何が言いたいんです?」


「お前、本当は俺の質問の意図くらい分かってるんだろう?今回俺が見つけてきた証人のことも、お前はよく知ってるはずだ」


「さぁ?何のことでしょう?」


「いい加減、とぼけてるのはやめにしないか?さっきお前が言ってたじゃないか。計画が台無しになった今、何を話しても仕方がないって。お前は俺が見つけてきた証人の子と、何らかの接点があるんだろう?」


「……。まったく、どこまで知っているんですかあなたは。そうです、その通りですよ。私はあなたが見つけてきた証人、凪沙さんのことをよく知っている」


やっぱりそうだったか。凪沙ちゃんは関東地方の区域担当神だった。ならば、元々関東地方にあたる区域で誕生した神楽も、凪沙ちゃんと接していた可能性は高い。そして、神楽は絵が上手だった。しかも凪沙ちゃんと同じ漫画風のタッチ。絵の特徴もよく似ていた。何らかの理由があって、凪沙ちゃんが神楽に絵を教えたのだろう。


「あの人は私の恩人ですからね」


「凪沙ちゃんが神楽の恩人?」

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