さようなら天界①
凪沙ちゃんを下界に降ろす手続きをしたのは、神村さんだった。
一番最初に聞いたときは、声が出ないか、あるいは声が出ても間の抜けた情けない声を出すのが精一杯だった。それほど驚いたのだ。
ただ、よく考えると神村さんは天界の裁判官だったのである。天界の裁判官の職務が天界において神様や女神を裁き、判決を下すことであるならば、その後下界に降ろす手続きまで行うことにはなんら違和感は覚えない。
そのことを含めて、最後に天界で世話になった連中に挨拶するための協力をしてもらうため、後日再び神村さんの自宅へと向かった。
「やぁ、神山くん。もう心の準備は出来ているね? 伝えたいことはまとまっているかい?」
「はい、ある程度は。ですが、その前に神村さんから聞いたあの件について、もう少し詳しくお話をしたくて」
「そう来ると思ったよ。予め天界の連中には今日中に連絡するとだけ伝えている。時間は特に決めていないから、別に急がなくてもいいよ。それで、何について話したいんだい?」
「ありがとうございます。神村さんは、その……、本当に凪沙ちゃんを下界に降ろす手続きをしたんですか?」
「そうだよ。天界の裁判官を退任して、私自身も余生を下界で過ごす準備をしようとしていた時だった。退任する直前に依頼されたものだから、その時はかろうじてまだ現役だったし、特に断る理由も無くてね。下界に降ろされる理由を聞いても、特段おかしい所は無かったし。ただ、あくまで私は凪沙ちゃんを下界に降ろす手続きをしただけであって、凪沙ちゃんは自主的に下界へ降りる決断をしたんだけどね」
「凪沙ちゃんは優しい性格から情に流されやすい性格ゆえに、区域担当神に向いてないと自覚したからですよね」
「その通り。君みたいに、結果としては嵌められたとはいえ、ペナルティによって強制的に下界へ落とされていないからね」
「ぐ……。それに関してはいつ思い出しても腹が立つな……」
「それにしても、凪沙ちゃんは本当に優しい子だ。君も、下界で過ごす中でそれは十分認識しているだろう?」
「はい。凪沙ちゃんと接していると、こう、自分まで優しくなれるような。そんな気がしてるだけかもしれないですけど」
「実際、下界で君以外に凪沙ちゃんと接している人を何人も見てきたが、みんな漏れなく笑顔だった。いや……、凪沙ちゃんが笑顔にしているのかもしれないな。そして、それは天界においても同様だった」
「天界においても?」
そういえば、長いこと天界にいたが、凪沙ちゃんとは接したことはもちろん、見かけたこともなかったな。
「君は主に九州地方の区域担当神だったね? 凪沙ちゃんは、主に関東地方の区域担当神だったから、天界ではなかなか接点がなかったんだろう」
「あれ? でも基本的に天界から下界に降ろされる時は、自分が担当していた区域の範囲内になるのではないのですか? だとしたら、凪沙ちゃんは関東地方のどこかに降ろされると思うのですが……」
「それは凪沙ちゃんがペナルティではなく、自主的に下界へ降りることを決めたからだ。神山くんのように、下界へ降ろされる理由がペナルティだったら、手続きするまでもなく担当していた区域の範囲内にそのまま降ろされる。一方、私や凪沙ちゃんのように天界へ降りる理由が自主的なものだったら、降りる場所を自分で決めることができるんだ」
「それは知りませんでした。しかし、なぜ凪沙ちゃんは関東地方ではなく九州地方を選んだのでしょうか? 馴染みのない九州地方よりも、区域担当神として担当していた関東地方の方が住みやすいと思うんですけど」
「それは本人にしか分からない。何か特別な事情があったんだろう。それで、話を戻すが、下界だけではなく天界においても、凪沙ちゃんと接する神様や女神たちはみんな笑顔だった。凪沙ちゃんから溢れ出る優しさというのは、もう才能の一種のようなものだったのだろう」
「そうだったんですね。それだけ優しかったら、区域担当神は務まりませんね」
「そうだな。今の下界生活の方がよほど適していると思う」
「そんな凪沙ちゃんを天界に連れて行こうとしていた自分が馬鹿でした。やっぱり凪沙ちゃんは下界に、鳥居家に残るべきですね。そう考えると、僕も割り切って下界に残ることが出来そうです」
「そうか。神山くん自身がそう考えることが出来るなら安心だな」
「神村さん、色々とありがとうございました。そろそろ天界の連中と最後に話をしたいと思います。通信を繋いでいただけますか?」
「そうだ、最後に一つだけ。私が天界にいた頃、天界の裁判官として色々な神様や女神たちを見てきた。凪沙ちゃんのこともよく知っている。その繋がりで、凪沙ちゃんが接してきた神様や女神たちもある程度は把握しているつもりだ。それは案外、
「え? どういうことですか? 」
「君も直に分かるだろう。さて、そろそろ通信を繋ごうか。君にとって、正式に天界と繫がることの出来る最後の機会だ。伝えたいことを全てぶつけると良いよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます