神様と子供⑤

 鳥居家は今、殺伐としている。凪沙ちゃんと、凪沙ちゃんのお姉さんからは殺気をまとったオーラが放たれている。お父さんとお母さんを見る。二人はしきりに俺を見ていた。お前に任せた、そう言わんばかりの力強い眼で。晴人くんを見る。いない。凪沙ちゃんのお姉さんと来てた唯斗くんもいない。逃げたか。


 やるしかない。今こそ、神の能力「潜入」を使うとき。「潜入」は相手の思考や心理に入り込み、何を考えているのかを読み取る能力だ。天界にいた頃も、下界の生き物を対象に「潜入」を使うときがあった。ただし、「潜入」を自由に使えるようにすると、それを悪用する神が現れ、それは天界倫理に反するため、たとえば罪人に天罰を下す時などのレアケースの場合でしか使用してはならないこととなっている。


 しかし、ここは下界。天界ではないので誰からも天界倫理について咎められることはない。ここは二人に「潜入」を使用して先に思考を読み取り、仲裁に役立てるとしよう。


「潜入」を使うためには必ず相手の目を見ておかなければならない。さて、先に切り出すのはどっちだ……。


「二人とも、いい加減仲直りしたらどう?」


 先に話し始めたのはお母さんだった。二人のどちらかが話し出した瞬間「潜入」を使う気でいたため、話し出したお母さんの方を向いた時に思わず「眼」を見てしまった結果、お母さんに対して「潜入」を使ってしまった。


「(早いとこ神山さんが解決してくれないかしら……? 私は早く家族旅行の話がしたいわぁ……)」


 お母さん、もう完全に俺頼みじゃないか……。


「あれは仕方無かったって言ってるでしょ!」


 凪沙ちゃんが話し出した。慌てて凪沙ちゃんの方を見る。眼を見つめて「潜入」を使う。


「(ところで、なんでここに神山さんがいるのかしら? これじゃまるで姉妹喧嘩の仲裁をさせてるみたいで申し訳ないわ……)」


 ここになんで俺がいるのか。それは俺が一番聞きたい。


「唯斗はとても活発だから目を離すと何をするか分からないってあれだけ言ったでしょ?!」


 お姉さんが話し出した。慌ててお姉さんの方を見る。眼を見つめて「潜入」を使う。


「(ここにいる人って、この間晴人と一緒にいた人よね? なんでこの場にいるのかしら? こんな姉妹喧嘩に付き合わされて気の毒だわ……)」


 俺、退席しても良くないか? 


 姉妹の会話の間に、お父さんの目を見つめてみる。


「(神山さん、頼んだぞ!)」


 両親からこんなに期待されては、とても退席している場合ではない。とりあえず、まずは話を聞いてみないと。


「あ、あの……、二人とも何があっ……」


「だからあの時、「なぜか」道路にすき焼きが飛び出した気がしたの! なぜかは私にもわからない。ただ、振り向いたら本当に道路にすき焼きが飛び出してた! しかもトラックが来ていたのよ! 放っておけないじゃない!」


「凪沙が唯斗から目を離したから、その隙に一人でジャングルジムに登っちゃって、足を滑らせて怪我したのよ! 幸い打撲だけで済んだから良かったけど、下手するともっと酷い怪我になったかもしれないのよ!」


 あの時? すき焼き? ……あぁ。鳥居家の猫のすき焼きね。凪沙ちゃんがすき焼きを助けた時か。その時凪沙ちゃんは唯斗くんと遊んでいたのか。そこで「なぜか」、それは凪沙ちゃんも分からないが、道路にすき焼きが飛び出した気がした。それで好奇心旺盛で活発な唯斗くんから目を離してしまい、監視の目から逃れた唯斗くんはひとりでにジャングルジムに登り、足を滑らせて怪我をしたと。こういうことか。


 その「なぜか」の部分は少し引っかかるが、予感というのは時に予期せぬ力を発揮するもの。おそらく凪沙ちゃんもその類だろう。凪沙ちゃんはすき焼きが道路に飛び出した「予感」がした。そこに悪意がないのは確かだ。


 お互い悪くないのだから、和解させようと思えば出来なくもないのだが、俺の話を遮ってまで話す二人を見ると、もうちょっと様子を見たほうが良さそうだ。


 再び凪沙ちゃんに「潜入」を使う。


「(私だって唯斗くんから目を離したくて離したわけじゃないのに…。こんな空気のままじゃみんな気まずいだろうから、私が謝ってもいいんだけど……)」


 次はお姉さんに「潜入」を使う。


「(凪沙のあの言い方を聞いてると、あれは本当に偶然だったのかしら? だとしたら、私も言い過ぎてるかも……)」


 これはいい感じなのでは? お互いが非を認め合ってるように感じる。ここは俺が一言発することで、和解に持ち込めるかもしれない。


「え、えーと、ここはさ、二人とも。お互い譲り合って和解したらど……」


「神山さんは黙ってて!」


 二人の声が部屋の中で木霊した。そ、そんな……。


 一応、凪沙ちゃん、次にお姉さんの順で「潜入」を使ってみる。


「(神山さんには申し訳ないけど、ここは鳥居家だけで決着をつけなくちゃ。でも、あっちが譲るまで私は動かないから! )」


「(この件は、鳥居家に関係のない人から和解を促されるほど簡単な話じゃないわ。凪沙が譲るまで私は絶対に譲らない! )」


 俺は思考を読むことができる。「元」神様だからね。しかし、思考を読むことができても、部外者である俺が和解を成立させられるかはまた別の問題だった。そしてなにより、切ないことに俺は発言力に乏しかった。


 俺に出来る事が無いとなると、もはやこの状況は絶望的だ。土俵上で力士が互いに回しを持ったまま何分も動かない状況のように、鳥居家の姉妹喧嘩仲裁会議は膠着状態となった。


 しばらく経ったその時、急に部屋のドアが開くやいなや、誰かが我々に向かって話し出した。


「まだやってたの? もういい加減にしてよ!」

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