神様と子供⑦

「空気を変えるために、ちょっと公園にでも行って気分転換しましょう! 唯斗くんも遊びたいだろうし!」


 鳥居家の姉妹喧嘩は唯斗くんが仲裁する形で幕を閉じた。


 もともと俺は喧嘩の仲裁でここにいるのだから、それが無くなった今では置物以下の存在である。気まず過ぎるので早く退散したいと思っていたところに、先程の凪沙ちゃんの発言が飛び出した。


「お母さんたちは何か食べるものの準備をするから、みんなでいってらっしゃい。晴れてるけど寒いから気を付けなさいね」


「さっき唯斗と遊んできたから、俺もここにいる。仲直りのついでに行ってきたら?」


「それもそうね。じゃあ私とお姉ちゃんと唯斗くん、それと神山さんで行ってくるわね!」


 待て待て。ちょっと待て。え? 待ってくれ待ってくれ。お姉さんと凪沙ちゃん、分かる。仲直りしたからね。話す機会も作らないとね。唯斗くん、分かる。ずっと喧嘩してたもんね。遊びたいよね。うん。


 俺? はて? 他人だよ? 鳥居家ですらないよ? 俺が入るのはさすがに忍びないし、なにより気まず過ぎないか? 唯斗くんだって、よく分からないおじさんが付いてくるのは嫌だろう。ここはきっぱり断らなければ……。


「おじさんも来たいなら来ていいよ」


「あ……、はい、ぜひ……」


 結局、鳥居家の姉妹とお姉さんの子供、そしてよく分からないおじさんという奇妙な構図の小集団で、公園へ行くこととなった。


 道中、俺は会話に加わる事すらできなかったが、幸い公園へはすぐ着いた。意外と広いな。


「最近はボール遊びすら禁止されてる公園が多いじゃないですか? 公園なのに。子供たちが可愛そうですよね。でもここは広くて柵も高いので、気を付けてさえいればボール遊びが出来るんです! では神山さん、宜しくお願いします!」


「へ?」


 凪沙ちゃんが唐突に渡してきたのは野球のグローブだった。


「唯斗くんは少年野球に入っているんです! まだ9歳なのに凄く速いボール投げるんですよ!」


 俺はキャッチボールの相手か。まぁ、いくら小学生とはいえ、相手は少年野球をやっているんだ。女性では少々きつい部分もあるだろう。一応、天界ではゴッドボサーツという草野球チームに入っていた俺だ。9歳の子供とのキャッチボールなんて朝飯前のそのまた前である。さぁ、こいや。


 ビュン、バシッ! 


「痛っ!」


 ビュン、バシッ! 


「痛っ!」


「ち、ちょっと待ってね!」


 凪沙ちゃんとお姉さんが話している所へ駆け寄る。


「ゆ、唯斗くん、随分生きたボールを投げるね!」


「唯斗は少年野球チームのエースピッチャーなんですよ。私は運動音痴だから相手出来なくて。だから神山さんがいてくれて良かったわー!」


「凄いですよね、唯斗くん! だから神山さんも全力でやって良いですからね!」


「は、はい……」


 それを先に言ってほしかった。


 それからしばらく、小学生から受けているとは思えないくらい速くて重いボールをキャッチし、反対に俺も一球一球全力で返した。当初は小学生が相手ということと、外が寒いからという理由で割とすぐ終わるのかと思っていたが、さすがそこはエースピッチャーだ。投げる度に体が温まってきた様子で球威が衰えない。まずい、このキャッチボール、延々と続く気がしてきた。


「ち、ちょっと休憩しよっか!?」


「えーっ? まぁ、いいけどさ」


 再び、凪沙ちゃんとお姉さんが話している所へ駆け寄る。肩が外れそう。腕がもげそう。そろそろ身体が限界だ。50過ぎの身体のキャパはもうとっくに超えている。


 と同時に、なんで俺は関係のない家族旅行計画のために喧嘩の仲裁に入り、挙句の果てには全力でキャッチボールをさせられているんだ? という疑問と怒りが湧いてくる。一応俺も大人だし、ここにいる誰よりも歳上だ。ここはガツンと言うべきではないのか? 「元」神様のプライドはどこに行った? 今こそ、反旗を翻す時__


「あの、凪沙ちゃん……」


「唯斗くん、神山さんキャッチボール上手だねー!」


「唯斗良かったわね! 神山さんとキャッチボール出来て!」


「あ、あの……なぎ……」


「神山さん、楽しいですねー!」


「あ、うん……」


「すいませんねぇ、唯斗の相手してもらっちゃって。水飲みます?」


「あ……はい……」


「おじさん、そろそろ続きやろう」


「そ……そうだね!」


 もうどうにでもなれ、と思った。


 しばらくキャッチボールが続き、家から連絡を貰ったという凪沙ちゃんが俺たちを呼ぶ。乗り越えた。

 しかし、肩が上がらない。体中が痛い。


「神山さん、お疲れさまでした! 両親がご飯作ってるみたいなので、帰りましょう! 」


「か、帰ろう……」


「ほら、唯斗。神山さんにお礼は?」


「ありがとう、神山さん」


 何だこの坊主、ちゃんと名字言えるしお礼言えるじゃないか。おじさんが身体を犠牲にしてキャッチボールに付き合ったんだ。頑張れよ、エースピッチャー。


「そういえばこの公園、お姉ちゃんとの喧嘩のきっかけになった公園なんですよ。ほら、あれが例のジャングルジムです。あの時は不思議だったなー。あそこから車道まで結構距離があるのに、なぜかあの瞬間だけ猫が、今のすき焼きが飛び出した感覚がしたんですよ。まるで私に「何かの力」が働いたみたいに__」


 何か引っかかるものがあった。おかしい。何かの力? これは本当に偶然なのか? 

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