神様と猫①

「というわけで、鳥居家では猫を飼うことになりましたー!」


 鳥居家に来て3ヶ月ほど。下界生活にも、居酒屋のバイトにも慣れてきた。下界の食事は美味しいし人間も優しい。居酒屋のバイトも、一部の迷惑な酔っぱらいや香水の匂いのどぎつい女性などを除けば、悪いものではないし働きがいもあった。


 しかし、相も変わらず天界の情報は集まらなかった。居酒屋のバイトは色んな人の色んな話を盗み聞き出来るので情報収集には適していると考えていたが、実際は仕事や上司、家庭などの愚痴ばっかりで、そんなものは盗み聞きしても何の得にもならない。


 そして3ヶ月ほど経ってやっと気付いたこともある。下界の人間が天界の話などするわけがないと。死んだ人間でなければ死後の世界など語ることが出来ないように、行ったことも聞いたこともない天界の話など出来るわけがないのだ。気付くのが遅すぎるぞ俺……。


 そんな中、凪沙ちゃんのさっきの一言である。なにやら鳥居家では、前々から猫を飼うことを計画していたらしい。


「前から動物は飼ってみたいと家族で話してはいたのですが、お父さんもお母さんも居酒屋の切り盛りで大変だし、私と晴人の面倒も見ないといけないからとてもじゃないけど飼えなくて。でも、私も晴人もあまり手が掛からなくなって、しかも神山さんが来てくれたことで少しは余裕が出来るようになったそうなんです。だからこのタイミングで、鳥居家に猫を迎え入れようということになりました!」


「たしかに、猫だったら自由気ままに過ごしそうだから、新しい生活に慣れたら手が掛からなそうだね。今度の休日にペットショップへ行くのかい?」


「いえ、この街には生体を販売するペットショップはありません。この街では、殺処分ゼロを目指して数年前から生体販売を禁止しているんです」


「へぇ、それは素敵だね!じゃあどこで猫を譲り受けるんだい?」


「動物を保護している施設があるんです。そこでは、元捨て犬や捨て猫などの野生動物を保護していて、里親を募集しています。街全体で行っている取り組みなので助成も手厚いらしいですよ!」


 だからこの街では野良猫一匹すら見かけなかったのか。


「街全体で行う殺処分ゼロへの取り組み。悪質なブリーダーや生体に値段を付けて販売するペットショップのせいで、捨て犬や捨て猫の殺処分が無くなりません。この街がロールモデルとなって、いつしか国全体での取り組みになるといいなって思います!」


 凪沙ちゃん、やっぱり良い子だなぁ。こんな子に飼われる保護猫は、さぞ嬉しかろう。


「だから今度の休日、保護施設に行って保護猫を譲り受けようと思います。神山さんも来てくださいね!」


 え?俺必要……?


「どの猫を譲り受けるか決めてるの?」


「いえ、その施設に行くのは初めてなので、行ってから実際に見て、それから決めようと思っています。と言っても、実際にはあの子にしようと決めているんですけどね!」


「初めて施設に行くのに、目を付けている猫がいるのかい?」


「そうなんです!その子というのが……」


「姉ちゃんと神山さん、そこにいたら邪魔。立ち話ならあっちでしてくれよ」


「あ、晴人おかえり。次の休日、保護猫を譲り受けるために保護施設に行くことになったから、晴人も来なさいね!」


「なんで俺も行かなきゃいけないんだよ。どうせ神山さんも来るんだろ?俺はいいよ」


 あの一件以来、一応「神山さん」とは読んでくれるようにはなったが、相変わらず舐めた坊主だなこの子は。同じ親御さんから同じような教育を受けているはずなのに、凪沙ちゃんとのこの差は何なのだろう。


「あら?晴人が一番この話に乗り気だったじゃない。昔、犬より猫派だとか、ぷにぷにな肉球が好きだとか言ってたのは誰だったかしらぁ?来ないと、美鈴ちゃんにこの事言っちゃおうかなぁ?」


「言うなよそんな事!まぁ、別に次の休日は何も予定入ってないし暇だから来てやってもいいけどよ……」


 ……晴人くん、可愛いとこあるじゃないか。


「お、俺は学校の課題が残ってるから」


 晴人くんは2階の住居部分へ、半ば逃げるように駆けて行った。可愛いぞ晴人くん。


「そんな意地悪したら晴人くん、ちょっと可哀想じゃない?大丈夫かな?」


「大丈夫ですよ!晴人は素直じゃないから少し強引に誘わないと。あの子、猫と肉球好きだし。あと、既に美鈴ちゃんにはさっきの話はお話済みです。内緒ですよぉ?」


 凪沙ちゃんもなかなかの悪だった。

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