番外編・神様とクリスマス③
女の子の言う通り、俺は嘘つき野郎だ。それもただの嘘つき野郎ではない。雪を降らす約束と、サンタのイメージという、女の子の夢2つも壊す大嘘つき野郎だ。この罪は大きい。
「サンタさん、雪降らせてくれるって言ったよね?私、とっても楽しみにしてたのに……!」
女の子は怒りと悲しみが混ざったような声で、しかしはっきりと発言した。
「ごめんね……。もう少し、もう少ししたら雪が降るかもしれないよ!」
「もういいよ!サンタさんなんて大嫌い!」
「こら!ひなの!サンタさんに向かってその言い方はなんですか!謝りなさい!ひなの!」
「嘘つきのサンタさんなんて大嫌い!」
女の子は後ろを振り返り、走り出してしまった。
近くでは、凪沙ちゃんや晴人くんも気まずそうにこっちを見ている。
「ひなの!待ちなさい!……すみません、うちの子供が……。ご迷惑をおかけしました」
「いえ、こちらこそお子さんの夢を壊してしまって……。大変申し訳ございません」
ひなのちゃんのお母さんは俺に一礼すると、ひなのちゃんを追い掛けるために走り出す。
その様子を見届けていると、俺からまだ見える位置で、ひなのちゃんが転んでしまった。すると、ひなのちゃんが持っていた風船が手を離れ、宙に浮く。
「あっ!私の風船!」
風船は上へと飛んでいく。ひなのちゃんが転んだ場所の目の前には巨大なクリスマスツリーが飾られており、その風船の上昇はクリスマスツリーの一角に引っかかって止まった。
女の子が転んだということで、救命士志望の晴人くんがすぐに女の子の元へ駆け寄る。以前も同じようなことがあったので、特に驚きはしない。
「大丈夫?派手に転んではいないから、擦りむいただけみたいだね。だけど、近くに救護テントがあるから、念の為行っておいたほうが良さそう。歩けるかい?一緒に行こうか」
「でも……風船……」
「結構高い所に引っかかっちゃってるね……。お店の人に頼んでもう1個貰えないかな?」
「あの絵柄が付いた風船がいいの。だけど、同じ絵柄のものは置いてなかったから、もう貰えないよ……」
そこへイベントの主催者と思しき人物も駆け寄る。
「その子、怪我は無いですか?」
「怪我は大丈夫そうなのですが、あのクリスマスツリーに引っかかった風船をどうしても取りたいらしくて……」
「一応業務用の大きい脚立があるのですが、高所なので危ないし、ツリーの電飾や電気コードも感電や火傷の危険性があります。残念ですが、今回は諦めるしか……」
「俺が行きます」
女の子と晴人くん、それにイベントの主催者と思しき人物が、一斉にこっちを見る。サンタの格好をした、さっきまでその女の子に怒られていたおじさん、すなわち俺を。
「しかし、危ないですよ?怪我でもされたら……」
「大丈夫です。高所作業は慣れっこですから」
俺は天界で仕事をしていた。それはもう高所どころのレベルではない高さだ。雲の上よりも高いのだから。
そして、どうしても自分が行きたい理由はもう1つ。女の子へのせめてもの罪滅ぼしだ。もちろん、これだけで許されるとは思っていない。ただ、こうでもしないと、元神様としての矜持が許さなかった。
「分かりました。ただ、怪我だけは絶対に避けるよう、安全には十分注意し、無理だと思ったらすぐに降りてくるようにしてくださいね。脚立を取って参ります」
イベントの主催者と思しき人物はそう言うと、駆け足でどこかへ行ってしまった。
「おいおい、大丈夫かよ。途中で怖くなって降りてくるようなことがあったら、またこの女の子が悲しむぞ?」
晴人くんが女の子に聞こえないように小さい声で耳打ちしてくる。
「女の子に対する、せめてもの罪滅ぼしだよ。それに、もう行くって言っちゃったから、もう後には戻れないしね」
知らないぞ、という顔をする晴人くんを横目に、頭の中でツリーに引っかかった風船を取るシミュレーションを繰り返した。
その後数分して、複数の人物が巨大な脚立を運んできた。それを組み立ててもらうと、一番高いところで地上から5〜6メートルくらいはあるだろうか。
「では、行ってきます」
脚立を登る前に周りを見ると、不安そうに見つめる女の子と、これまた不安そうに見つめる凪沙ちゃんの姿が見えた。
脚立を登っていき、1分足らずで1番高い部分に到着する。1番上の天板に立つわけにはいかないため、1段低い部分に両足を揃えて立ち、スネを天板の側面に当ててバランスを取る。
ここで問題が発生した。風船まで微妙に手が届かなかったのだ。脚立と自分の身長、それに伸ばした手を全て合計すると、地上からだいたい8メートルくらいはあるだろう。それで微妙に届かないとなると、風船の位置は8メートル30センチというところか。
もう少し体を風船に近づかせ、さらに手を伸ばせば届くだろうが、これ以上体を傾かせるのは危険過ぎる。さてどうするか。
神の能力を使うしかないだろう。
ここで使う神の能力、それは「見えざる手」。別名「痒い所に手が届くみえざる孫の手」である。
その名の通り、自分では微妙に届かない場所にあるものを、見えざる手を使って手が届く場所に手繰り寄せるという能力だ。
もしかすると、お気付きの方もいるだろう。そう、普通に考えば便利な能力なのだが、神の能力としてはめちゃくちゃ地味なのである。俺は誰に説明しているのだろうか。
ツリーに引っかかっている風船に向かって「見えざる手」を発動する。すると、風船が徐々に俺が伸ばしている手へ寄ってくる。下からは絶妙に見えない位置なので、俺が必死に手を伸ばして取っているようにしか見えないだろう。
手が届く位置に風船がやってきた!あとはもう少しだけ手を伸ばせば……。
「熱っ!!」
手がツリーの電飾に触れてしまった。実際に聞こえたわけではないが、音で言い表わすならば、手の甲が「ジュッ」となった。
その反動で風船を離しそうになった。しかし、意地でも離さなかった。必ず女の子の元へ届ける。たとえ俺の手の甲が「ジュッ」となっても。
一旦風船の紐を指にくくり、脚立を慎重に降りていく。そして、女の子の待つ地上へと降り立った。
「はい、風船」
「ありがとー!サンタのおじさん!」
不意に、頬に冷たいものが当たった。それも、さっきまでの氷の粒ではなく、なにやら柔らかいものが。
雪だ。知らない間にみぞれが雪に変わったのか。
「あー!雪が降ってきたよー!サンタのおじさんの言う通りだ!ちゃんと約束守ってくれたんだね、ありがとう!」
ひなのちゃんのお母さんが駆け寄ってくる。
「ほら、ひなの!サンタさんは風船を取ってきてくれた上に、ちゃんと雪を降らす約束も守ってくれたんだから、さっき酷いこと言っちゃったの、謝りなさい!」
「サンタのおじさん、さっきはごめんなさい」
「ワシはサンタとして当然のことをしたんだよ。だから謝ることなんてないんだ。クリスマス、楽しんでね!」
「神山さーん!」
凪沙ちゃんが駆け寄ってくる。せめて、女の子の前ではサンタさんと呼んだほうがいい気がするが。
「神山さんの言うとおり、雪降ってきましたね!ホワイトクリスマスです!せっかくなので、みんなでお祝いしましょう!ひなのちゃんたちもどうですか?」
「うん、お祝いするー!」
「では、お言葉に甘えて……。主人がもうすぐ別のお店からこっちに来ると思いますので、一緒に」
「決まりですね!では、神山さん。それまでお菓子配り、よろしくおねがいしますね!」
それから、俺は再びサンタの格好でお菓子配りに精を出した。俺の周りでは子供を中心に、家族連れやカップル、お年寄りの方まで皆笑顔でクリスマスを楽しんでいた。
少なくともここは、神も宗教も、人種も肌の色も関係なかった。クリスマスとは素敵なイベントなんだな。
よし、俺も楽しむか!
「メリークリスマス!」
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