天国から地獄へ

俺も一応神だ。何が起きたかは一瞬で把握出来た。




「神山さん、俺……」




「……うん、わかってる……。……やってしまったんだな?」




下界で起きる事に神が力を加えることは、天界では最もやってはいけない。そこに「情」が入るのは以ての外だ。




「下界で、一匹の猫がトラックに轢かれそうになりました。それを人間の女性が助けようとしたのですが、このままだとどちらも轢かれて死んでしまう。それをどうしても見逃すことが出来なくて、ついトラックの走る軌道を変えてしまいました……」




結果的に猫も人間の女性も、トラックの運転手もほぼ無傷で済んだ。しかし、神楽がトラックの走る軌道を「意図的に」、つまり神の力を利用して変えてしまった。事実を捻じ曲げてしまったのだ。しかもそこに「情」を入れてしまった。下界では無事で済んだものの、我々は……。




「神楽、お前は優しい奴だな。下界では優しい奴はモテると聞く。優しいままで終わる奴もいるそうだが。しかし天界では事情が違う。優秀な神楽なら分かるよな? 神はあくまで人間を含めた下界の生き物の「運勢」を決めるに過ぎない。たとえ生命が脅かされたとしても、たとえ不幸が訪れたとしても、そこからは成り行きでなければならない。神が介入することは御法度だ。しかもそこに「情」を入れたとなると、さらに罪が重くなってしまう。神は天界の裁判官のようなものだからだ」




「本当に申し訳御座いません。特に神山さんには多大なご迷惑をお掛けすることになります……」




緊急のことが起きると、上層部がやって来るシステムになっている。間もなくして神谷チーフがやってきた。




「神山、神楽、行こうか」




神谷チーフも状況を察しているようだ。普段は飄々とした性格の神谷チーフも、今回ばかりはその性格を見て取ることは出来ない。それくらいの事態なのである。




「覚悟は出来ています。神谷チーフ」




連れてこられた部屋には、普段は滅多にお目にかかれない上層部が集まっていた。マジかよ緊張するな。




「事情は把握しているよ、神山くん、神楽くん。神楽くんは優秀な新神だと聞いていた。期待の新神ってわけだな。ベテランの神山くんなら、私が言わんとする事が分かるだろうね?」




おそらく一番偉いであろう、鳴神さんが問いかける。神オブ神である鳴神さんは、老若男女問わず全ての神の憧れであり、日本の区域担当神を司る神だ。正直、話しかけられて嬉しい、ドキドキする。こんな状況なのに。




「はい、覚悟は出来ています」




「本来、今回程の事態は特に罪が大きく、問答無用で下界に降ろすこととしている。しかし、神山くんも知っての通り最近の天界は高齢化が進んでいるね。故に、若手の新人の教育に力を入れている。その事情もあり、数年前から若手のミスは全面的に教育担当神の責任としている。ここでもう一度問おう。神山くんは、私が言わんとする事が分かるね?」




「……私が責任を負い、下界に降ろされる。という認識でよろしいでしょうか?」




と自分で言いつつ、言うても俺は長く区域担当神を務めている。ここはお情けでお咎めなしということにならないかなぁ……。下界年齢でいうと50歳超えてるし、定年までそう長くない。そもそも50過ぎのおっさんが突然下界に降ろされたところで、どう生活していけばよいというのか。よし、ここは一つお咎めなしということで……。




「……うむ。その認識でよろしい」




うん、そうだよね。情に流されるのを嫌う俺が情に流されるの意味分からないし、なんならさっき、覚悟出来てます的なこと言ったしね、うん。OKOK。うん。




「神山くんは区域担当神を長年務めてきた功績がある。それは大変素晴らしい。しかし、規則は規則だ。規則を破るというのは神としてあるまじき。したがって、神山くんを下界に降ろす手続きを開始する」




急に、色んなことが走馬灯のように駆け巡る。あ、走馬灯って死ぬ間際だっけ。でも死ぬようなもんか。50過ぎのおっさんが急に下界に降ろされるなんて、死刑宣告されたようなものだし。残りの天界生活、それを終えれば悠々自適な生活。仲の良かった同僚やちょっと気になる女神。お父神のつまらない神ギャグ、お母神のおはぎ。色んなことが駆け巡る。天界でどう生きていこうか……。




それからのことはよく覚えていない。神楽がなんか謝ってきたが、規則だから仕方ないし、神楽はしっかりと反省して立派な区域担当神になってほしい、的なことを言ったと思う。下界では、どこからどこへ移動する時、荷物をまとめると言う。しかし、俺にはそんなものはない。天界の物を下界に持っていくわけにはいかない。つまり、手ぶらで下界へ落とされるのだ。ちょっとした旅行じゃあるまいし……。




「鳴神さん、神谷チーフ、本日までお世話になりました。神楽のこと、よろしくお願いします。下界でもたくましく生きていこうと思います」




「神山くん、下界でも頑張れよ。そうだな……、まずは「ハローワーク」に行ってみると良い。下界の仕事が集まっている。神生経験豊富な神山くんなら、きっと良い仕事が見つかるだろう」




鳴神さん、区域担当神という特殊すぎる業務しかしてこなかった50過ぎのおっさんですよ? 職歴0に等しいということですよ? お仕事なんて見つかるわけ無いでしょう……。




「神山、お前なら大丈夫だ。下界も良い所だ。余生はきっと良いものになる。頑張れよ」




神谷チーフ、他人事みたいに……。あ、いや、他神事か……。




「では、いくぞ」




目の前が徐々に白くなる。モヤのようなものが視界をかき消していく。同時に体がふわふわと浮いている感じがする。一度虫垂炎で手術した時、全身麻酔をかけた時みたいだ。眠くなってきた。なんだか気持ちが良い……。






どれくらい時間が経っただろうか。眠い。体が重い。眠い目を擦り、徐々に視界が開けてきた。辺りは暗かった。夜だろうか。




「……丈夫ですか?」




声が聞こえる。下界だから人だろう。女性のようだ。




嗅覚も徐々にはっきりとしてきた。




「臭っ!」




そばに立っている電灯の光を頼りに自分の姿を見た。大きめのゴミ箱に入っている大量のゴミに下半身が埋まっている。




「降ろす場所よ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る