第2話:アメリカン・バイス

2:ガイ・ストーナー

                        神戸市 カジノ『Zipang』1965年7月7日


 カジノの売り上げは上々だった。ミッキーも御満悦だった。自分自身も満足していた。失ったキューバのカジノを日本で再び手に入れたのだ。

 眼下に広がる黄昏の中の神戸市。ラウンジに流れるバンドの演奏——『Too darn hot 』

 ジャップのピアニスト。黒ん坊のサックス。スピックのドラム。ヤンキーの歌手。人種のごった煮。

 エントランス前の道路。リムジンが駐車し、一方では、出てゆく。金が出て行き、その倍をむしりとる。我々のカジノの全て。


 グラスのマンハッタンを飲み干す。ビターの効いた一流のカクテル。もう一杯飲むか思案する。腕時計を見る。18時23分。微妙な時間。

 顔を上げる。違和感を覚える。走りゆくリムジンの中に混じる3台の20tトラック。巨大なバンパーが夕日に赤く染まり、牙を剥いた虎の口に見える。羊の群れの中の虎。

 嫌な予感がした。トラックのエンジンの上げる排気ガスと唸りが感じられた。


 予感は的中した。三体の虎が羊の群れを踏み潰し、ガラス張りのエントランスに突っ込んできた。

 ガラスが砕け散る。大理石の支柱へし折れる。何人かの白人と一人のジャップが撥ねられた。通りは騒然となる。

 トラックのコンテナの戸が開く。人種、服装、銃器の全てがごた混ぜの、チンピラの群れが溢れ出す。ぶち撒けられたゴミ缶のように連中は、砕けたガラスを踏み締めカジノに乗り込む。


 ガイは跳ね上がるように動き出す。ラウンジのカウンターに飛び込む。

 バーテンはビビり散らす。


「支配人、何事ですか?」


「ショットガンを貸せ。カウンターの下のヤツだ。」


 バーテンはガイの怒号に突き動かされ、カウンター下のラックからM 1897を取り出す。


「よし。お前は、ラウンジの客を避難させろ。」


「な、何があったんです?」


「阿呆どもが、此処にカチコミに来た。わかるな?俺は下で部下供をまとめる。お前は非難させろ。いいな?」


 言い捨てて、ラウンジを出る。非常階段に駆け込む。備え付けの非常用電話を手に取る。ミッキーの番号を打ち込む。電子音。


「ジアンカーナ・トラベラーズ。ご用件は?」


ミッキーの秘書が出る。スカした声。


「ガイだ。Zipangにカチコミが来た。応援を頼む。ボスにも伝えろ。」


「は・・・?」


 モウの気の抜けた声。無視して、受話器を放り出す。。階段を駆け降りる。腹の贅肉が揺れる。おかしな汗が滲み出る。胆汁がゴボリと湧き上がる。M1897のストックを握りしめる。

 三階から一階へ。銃声が鳴り響いている。絶叫が撒き散らされている。赤く淡い光に満たされた非常扉の前で立ち止まる。

 M1897の弾倉を確認する。12ゲージ。トリプルOの鹿玉。


 非常扉を蹴破る。広がる光景——VIPルーム。横倒しのバカラ台。背後にしゃがみ込む客。身を隠し応戦する一人の従業員。バカラ台に乱射するチンピラ、5人。リボルバー1丁対自動小銃5丁。

 

 奴らが此方を振り向く。

 ガイは構える暇も隠れる暇も与えない。腰だめに構え、引き金を引く。引き金を引いたままポンプする。スラムファイア。連続する閃光。

 一人が吹っ飛ぶ。一人の手をミンチに変える。ポンプする。ポンプしまくる。弾倉を空にする。5人とも穴だらけにする。

 スライド音だけが鳴る。弾切れ。死体を踏みしめ、VIPルームの扉に駆け寄る。

 扉を閉め、弾切れのショットガンを管抜きがわりにする。死体から銃を奪う。M14とベルトに挿されていたマカロフ。アカとホワイトデモクラシーの邂逅。


「おい、もう出てきて大丈夫だ。」


 S&W M36を握ったディーラーが顔をのぞかせた。髭を蓄えた、全時代的な威風を称えた男。


「支配人。ありがとうございます。弾が心許なかったところです。」


 髭の下から白い歯がのぞいた。

「名前は?」


「ジミー・フリードキンです。支配人。」


「ジムだな。よくやった。お前は、残りの銃で此処を死守しろ。銃の使える客にも銃を渡せ。」


「イエス、サー。ヤンキーの意地を見せてやりますよ。まあ、私はキューバ人ですがね。」


 ガイはニヤリと笑った。M14の薬室を確認した。管抜きを外した。廊下に出た。声が聞こえる。

 広東語の怒声。日本語の一喝。

 赤い絨毯の敷かれた長い廊下。赤黒い斑点付き。その奥には、チンクとジャップ。広東語で喚き散らすチンクが、完璧な角刈りのジャップにマカロフを向けている。ジャップは死に物狂いでチンクを睨みつけている。

 ジャップの方は、、ウチの清掃員の制服姿。磨かれた靴。黒か白かは一目瞭然。

 チンクの脳天にM14をブッ放す。イカれた反動。銃身が跳ね上がる。五発が発射され、二発がチンクに、三発がカジノの壁と天井に当たる。チンクの肩と顎が吹っ飛ぶ。壁に血飛沫が飛ぶ。

 ジャップが、チンクに飛びかかる。ポケットから流れるように抜いた匕首を、寸分違わずチンクの心臓に突き立てる。狂ったように滅多刺しにする。


「イッ嗚呼ああああああああアアアァッ!・・・・・・」


 ジャップの面に血が飛び散る。決死の表情。血の迷彩。

 奴を止めようとした。「やめろ、止まれ!」だが、声が出せなかった。

 奴は匕首を引き抜き、チンクのマカロフを掴み取る。此方に一瞥もくれずに。

 右手に匕首。左手にマカロフ。奴は突撃していった。何も聞かず、ただ盲目に殺すことだけを考えている。

 俺は奴の後を追った。奴らと、ジャップ達と殺し合ったジャングルが目に浮かんだ。俺は今、奴らと全く同じことをしようとしている。何十丁もの銃口が向けられる死地に突っ込んでいく。

 ジャップは遊戯台の立ち並ぶカジノホールへ飛び込んだ。そこはトーチカも同然だった。銃の万国博覧会も同然だった。

 俺はジャップごと、ぶち抜くつもりで引き金を引いた。俺のM14とジャップのマカロフの銃声が重なる。血煙が舞う。

 ジャップは身をかかがめて、乱射しながら突っ込んだ。頭上を7.62mm弾が通り抜ける。俺と奴の弾で三人が殺られる。ジャップは止まらない。死体を当身で弾き飛ばす。正面のチンピラがそれを銃で払おうとする。ジャップは手近の他の奴に飛びかかる。

 俺は、ライフルを単発に切り替える。サイパンでやったように冷静に。しかし今度は狙う民族を変えて。でかいトマトをひとつずつ撃ち抜いていく。

 ジャップは近い奴の腹を片っ端から掻っ捌いていく。ド頭に銃弾を打ち込んでいく。

 チンピラの拳銃が火を吹いた。ジャップに当たる。ジャップは止まらない。チンピラの銃床が叩きつけられる。ジャップはそいつに噛み付いた。

 俺は撃った。撃ちまくった。弾が飛んできたが、それを無視した。

 そして、静寂が訪れる。日本帝国製の殺人兵器が最後の奴の顎を刺し貫いた。そいつが崩れ落ちる。ジャップは、肩で息をしている。そして、何かに憑かれたようにその場に直立した。

 銃口から噴き出る硝煙の向こう側で、奴はクルリと回れ右をする。革靴の踵が鳴る。ジャップは最敬礼をした。血が滴り落ちる。床にグチャミソの何かが落下する。ジャップの脳味噌の切れ端だった。

 奴はその場に立ち尽くす。頭が欠けたまま、敬礼を崩さない。

 後ろからの足音。先刻、聞いた声がする。


「支配人。警備室の奴らがやっと来ましたよ!」


 ジムだった。此方に駆け寄ってきた。そして、ジャップの狂態を見つける。絶句する。俺と全く同じ反応をする。


「ジム。バリケードを張れ、増援が来るまで客を此処で匿え。奴らはこんなもんじゃない。警備室だけじゃ、手が足りん。銃も足りん。」


 背後から、さらに足音が聞こえる。警備室の奴らがやって来る。腑抜けた装備。混乱を飲み込めていない面構え。ビート崩れの糞ども。


「上手くやれ。いいな?」


ジムは黙って頷いた。


「それと、そこにいる清掃員はジャップの新兵器だ。怪我したくなかったら、丁重に扱え。死んだと分かるまでわな。」


ジムは顔を引き攣らせる。

 奴は敬礼を崩さず、しっかりとそこに立っていた。

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