第5話 ホットドッグとの邂逅

 ジョージ・ヤマダ

                               神戸市 路地 ホットドッグ屋台


 ヤマダは帰化した日系移民だった。一次大戦後にアメリカに行った連中の子孫だった。収容所にも放り込まれ、敗戦後に日本へ逃げたのだ。それが、本当に逃避になればどれだけ良かっただろう...

 日本は、太平洋戦争末期。エノラゲイを幸か不幸か洋上で撃ち落とす事に成功してしまった。これは、E=mccという公式が未だ、一人の犠牲者も出していないという、両国にとって寿ぐべき戦果となった、ということで間違いない。

 しかし、一方でこれはソ連に日本侵攻の機会を与える一助ともなってしまった。これに軍部の徹底抗戦派の興盛と陛下の体調悪化も加わり、ソ連の本土侵攻を許してしまった。

 その時、強制収容所の中で臭い飯を食らっていたから、どれほどの凄まじさであったのかは実際には分からない。だが、聞く話によれば、本当に竹槍でゲリラ戦に臨み、何万人という人が玉砕し、米ソも相応の打撃を被ったようである。人間性は損壊し、川は血で染まり、火炎で夜は照らされ続けたという。

 その後、旧政権の政治家らと軍部の降伏派が結託したクーデター、陛下の演説により決戦は早期終結をみた。最悪ではない。楽観論者ではないが、そう思う。

 日本という“国”は消えたが、“秋津洲”という名で国際管理下において米ソの緩衝地帯として存続している。タックスヘイブンとして両国の資本が投下され、尋常でない経済発展も成している。朝鮮半島は全てアカく染まってしまったが、現状を幸いと言わずして何というだろうか。

 ヤマダはホットドッグの入ったカートを押しながらグルグルと思考を巡らせていた。惨めさを必死に無視しようとしていた。

 鼻水が垂れてくる。コートの袖で拭う。靴底は擦り減り、アスファルトの冷たさが直に伝わって来た。路地の喧騒が鼓膜を叩いていた。

「なあ、おい。ホットドッグを一本。」

 いつの間にか男が目の前に立っていた。PKSの白い制服を着た二十代前半ぐらいの若い男だ。お巡りという人種はホットドッグとドーナツしか食べ物を知らないのだろうか?

「ああ、コイツは失礼しました。オフィサー。五百円になります。」

「ドルでいいか?」

「それでしたら、一ドルで結構です。」

「マスタードはたっぷり塗ってくれ。たっぷりとだ。」

「イエス・サー。」

 俺はコレでもかというほどたっぷりとマスタードを塗りつけてPKSの男に渡した。

「いいな。コレだよコレ。」

 PKSの男は大口を開けて齧り付いた。漏れたマスタードが白い制服に付くのもお構い無しだ。

男は口をモグモグやりながらポケットからドル札を出して俺に渡した。

「毎度あり。」

 PKSの男は満面の笑みを浮かべながら、雑踏の中に消えていった。

 幸せなそうな男だ。毎日が楽しいのだろう。それに比べて俺は....。

 手元の一ドル札を見る。プレシデントが厳しい面をしている。おかしな紙が挟まっているのに気付く。赤い紙だ。引っ張り出そうとする。

「ホットドッグ一本。」

 手が止まる。またホットドッグ野郎だ。顔を上げ、客を見る。訂正、野郎じゃないスケだ。如何にも日本人然とした雰囲気のスーツを着た女だ。スーツの上からでも分かるマッチョぶりだ。

「ホットドッグですね?マスタードは?」

「はい?マスタード?そんなもん、誰が好き好んでかけるんだ?バーガーのピクルス以下だね。」

 女は広東訛りか日本訛りかよく分からない英語で言った。

「コレは失礼。では他に何か注文は?」

「んじゃ、チリソースをたっぷりかけて、ついでにそのクーラーボックスで冷やしてるヘロ・コーラも一本くれない。」

「しめて八百円のお買い上げです。」

 女はジャケットの下から財布を取り出して札を探した。ホルスターと棍棒が覗いていて気が気では無かった。

「ほれ、きっかり八百円に、オマケのレッド・マンだ。」

 女は百円札とオブラートに包まれた噛みタバコを差し出した。余計な貰い物ばかり貰う日だ。しかも全てアカイと来てやがる。

「毎度あり。」

 女はヘロ・コーラをがぶ飲みしながら雑踏へ消えていった。目立つ女だ。どう考えてもカタギではないのだろう。

 俺は噛みタバコを口に含み、赤い紙を開いた。今度は邪魔は入らなかった。

 “全黎軍”その文字が見えた。目眩がした。俺は何処かにぶっ飛ぶ寸前だった。

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