ねえ、ママ、サンタクロースっているの?

Jack Torrance

ねえ、ママ、サンタクロースっているの?

シルバニアファミリーの赤い屋根の大きなお家とお人形さんをください。


8つのニッキー モーガンフィールドは12月24日の夜に心中でサンタクロースへの願い事を呟いて靴下を枕元に置いた。


風呂にも入り白地に濃淡のピンクの水玉模様のパジャマに着替えて歯磨きも済ませていた。


母親のアラニスは食器洗いを済ませ3日間溜まっていた洗濯物を明日コインランドリーに持って行く準備をしていた。


アラニスはアップルビーツでウエイトレスをしている。


給料も並みでチップも客によって当たりはずれ。


アパートの家賃、車のローン、保険諸々の支払い。


手元に残るお金は生活費で手一杯。


アラニスは客が忘れていったナチュラル アメリカン スピリットを失敬していた。


冷蔵庫からコストコで買って来た安価で業務用のチリ産赤ワインをマグに満たしキッチンのテーブルに置いた。


椅子に腰掛け煙草に火を点けて大きく肺に香しき煙を吸い込んだ。


そして、その日に溜め込んだストレスとともに肺の中の煙を吐き出す。


マグの赤ワインを一気に半分ほど呷って、また香しき煙を体内に取り込む。


アラニスにとって、ストレスの捌け口であり、その悪癖は植物が光合成をしているようなものであった。


寝室のベッドからパタパタとニッキーが駆けて来てアラニスに尋ねる。


「ねえ、ママ、サンタクロースっているの?」


アラニスは憮然とした表情で答えた。


しかし、その憮然とした表情の中に一種の神神しさと厳かさを兼ね備えていた。


煙草の煙とともに溜息を吐くアラニス。


「フー、ニッキー、あんた、何か悪い物でも食べたのかい?そんな事、解りきった事でしょうが。いる筈ありゃしないよ」


ニッキーは困惑した様子で再びアラニスに尋ねる。


「何でなの。みんなはサンタクロースにプレゼントを毎年貰っているわよ」


アラニスが引っ詰めていた髪のヘアピンを外すと長い黒髪が背中にふわりと垂れた。


煙草を灰皿で揉み消すとアラニスは当惑しながら言った。


「セント ニコラウスってじいさんが3世紀だか4世紀だかにいたらしいんだけど、そのじいさんがどうやら金が無くて子供を身売りしなきゃならなくなった家族だか金が無くて結婚式を挙げられない娘だかの家に金貨を投げ込んだらしいんだけど、偶然にもその金貨が靴下の中に入ってたってのがサンタクロースの起源って言われてるんだけど、あんた万が一の偶然にしてもそんな森羅万象を超越したような金貨が靴下の中に入るなんて出来事が起こると思うかい?」


アラニスは、そう言ってマグのワインを飲み干した。


冷蔵庫からワインを取り出しマグに満たして、また仕舞った。


一口ワインを啜り煙草を銜えて火を点けた。


そして、ニッキーの顔を覗き込んだ。


アラニスの一連の動作を見ながら思案に暮れていたニッキーははっきり答えた。


「そんな事、あたし起こらないと思うわ」


ニッキーは頭(かぶり)を振りながら言った。


「そうだろう、あんた。それにそのじいさんは金で解決しようっていうその根性があたしは気に入らないね。良い子で金持ちの子が自己の護身用にベレッタM92Fが欲しいって言ってサンタクロースはくれると思うかい?」


そう言って、アラニスは憤懣しながら大きく煙を燻らせた。


「そんな事有り得ないわ」


ニッキーは肩をすくめて頭(かぶり)を振った。


「そうだろう。それで、もし、その金持ちの子が誘拐されて殺されたらどうする?ベレッタM92Fさえ持っていれば自分で自分の身を守れたかも知れないのにさ…サンタクロースは地獄の責め苦を負いながら生きていくと思うかい?ボディガードを付けなかった親に責任転嫁すると思うね、あたしは」


何度も頷きながら母の言葉に耳を傾けるニッキー。


アラニスは短くなった煙草を揉み消しマグのワインを啜った。


「戦争や飢餓で苦しんでいる子にもサンタクロースは平等に善行を施していると思うかい?」


無言で悲しげな表情を浮かべながら頭(かぶり)を振るニッキー。


「それじゃ、ニッキー、あんたに尋ねるよ。あんたは人の道に外れるような悪い事をした事はあるかい?」


「いいえ、あたし、そんな事した事ないわ」


ニッキーは頭(あたま)がもげそうな勢いで頭(かぶり)を振った。


「それじゃ、ニッキー、あんたは親の手伝いをよくして友達や人にやさしい良い子かい?」


「ええ、ママ、あたしは自分ではそう思っているわ」


ニッキーは威風堂々と胸を張って言ってのけた。


「そうだろう。だけど、あんたの靴下にクリスマスにプレゼントが入っていた例(ためし)があるかい?」


ニッキーは寂しそうに頭(こうべ)を垂れた。


「そうだろう。それは、うちが貧乏だからなんだよ。ハムの一切れさえ入っていた例(ためし)なんかありゃしないったら。クリスマスのプレゼントなんて所詮は企業の商戦で中産階級以上の裕福な人間達の娯楽の一環なんだよ。そりゃネガティヴよりもそうやってポジティヴに楽しんだ方が幸せだよ。でもね、あたし達みたいな貧困層の人間はそんな細やかなプレゼントさえ買えない人間もいるってのが現実なんだよ。悲しいかな。だから、あたしはこんな卑屈な思考に陥ってしまうんだよ。ごめんね、ニッキー、あんたに不憫な思いをさせちゃって。あんたがママになったら子供らにプレゼントを買ってやれるように功を成しておくれ。でもさ、プレゼントなんか無くてもあたしもあんたもこうやって元気にクリスマスを祝えるんだからイエスに感謝しなくちゃかもね」


アラニスは不甲斐ない己を恥じ入りニッキーに不憫な思いをさせていると思うと己が情けなくなってきた。


一筋の涙が頬を伝った。


「ママ、泣かないで」


ニッキーが細い指でアラニスの涙を拭ってやった。


アラニスはニッキーを強く抱きしめて頭にキスした。


「ママ、あたし、プレゼントは要らないよ。ママと毎日楽しく暮らせているんだから。病気で入院してたりしてパパやママと一緒にクリスマスを過ごせない子だっていると思うとあたしは幸せな方だよね。おやすみ、ママ」


ニッキーはアラニスの頬にキスしてパタパタと寝室に駆けて行った。


アラニスはマグのワインを一気に飲み干し静かに嗚咽を漏らした。


あの子の為にも元気でいなくちゃね。


アラニスは数本残っていた煙草をパッケージごと握り潰してゴミ箱に捨てた。


ニッキーは母の温もりを感じてベッドに潜り込んだ。


深夜


目を覚ましたニッキーは、あまりの寒さにカーテンをそっと開けて外を見た。


雪が深深と積もっていた。


ホワイトクリスマスだわ。


今日は、ママは休み。


ママと雪だるまを作ろう。


ニッキーは枕元に置いていた靴下を箪笥の中にそっと仕舞った。

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