戦場にて
銀ビー
第1話 戦場にて(オマージュ)
「こちらフォックス・リーダー。フォックス・ツー応答しろ」
「……」
男の無線機への問いかけに
「こちらフォックス・リーダー。フォックスチーム、誰でもいい、生きてる奴は返事をしろ」
「……」
やはり聞こえるのは虫の
「クソッ、駄目か」
男は疲れ切っていた。月明りも届かぬ深い森の中で、既に四時間以上逃げながら戦い続けているのだから。
始まりは突然だった。深夜に男がいる前線の駐屯地が敵の奇襲を受けたのだ。
突然の爆発音に跳び起きた男は枕もとのホルスターの付いたベルトと、防弾ベストを身に着けると外に飛び出した。
そこは既に火の海だった。燃え盛る炎に照らし出された地面には多くの仲間が倒れ伏し、更なる得物を求める銃声が響き渡る。
勝敗は既に決しているようだった。男は素早く判断を下すと、躊躇することなく森を目指して走り出す。
いくつもの銃口が男を狙い凶悪な鉛の塊を吐き出したが、運よく男は森に飛び込む事ができた。
あれから四時間以上、男は足場の悪い森の中を逃げ回っているのだ。
防弾ベストには複数の着弾痕が穿たれ、手持ちのハンドガンの弾も尽きた。唯一の手持ちの武器となったナイフも、追ってくる敵の血と脂に
それでも男は諦めず森を進むと、放置された背嚢を見つけた。誰かがここまで逃げてきて、邪魔になって放り出したのだろうか。
何も持たない男は、背嚢の外側にぶら下がった水筒から水を一口含むと、無言で背嚢を背負って再び森を進む。
白んできた空が先の木々の間から見える。森を抜けたのだ。
森の先は荒涼とした荒野だった。少し先には小高い丘がある。
森を抜けて少し安心したのか、腹が減っている事に気が付いた。一晩中、暗い森の中を逃げ回ったのだから当然だろう。
背嚢を降ろし、食料を探すと見慣れたカップ麺が入っていた。男が子供のころから何度も食べたことがある物だった。懐かしさがこみ上げる。
一緒に入っていたポケットストーブをセットし、固形燃料にナイフの柄から取り出したファイアスターターで火花を飛ばし火を点ける。その上にメスティンを置いて水筒から水を注いでお湯が沸くのを待った。
『キュリィキュリィキュリィ』
遠くから微かな音が聞こえる。男は気にする事もなく沸いたお湯をカップ麺に注ぐ。
音はその響きを段々と大きくしながら、こちらに近づいてくるようだ。三分経つ頃には、音の発生源は昇る朝日を背に、その姿を丘の上に現わし、停まった。
それでも男は慌てることなくカップ麺の蓋を開け左手で持ち上げると、割り箸を口に咥えて綺麗に割り、右手に持ち直してから
「フンッ、戦車が怖くて赤いキツネが食えるかよ」
箸を容器に突っ込み、男はその長い黒髪を右手でかきあげながら
『ポシュ』
静かな荒野に響くグレネードの発射音が男の聞いた最後の音だった。
戦場にて 銀ビー @yw4410
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