第101話 疼き

「それが、そっちであった動きと関係あるの?」

『ええ。簡単に言ってしまうと、ガーネットに勘付かれてしまいました』

「ガーネットに?」


僕は思わず聞き返してしまった。考えられる中で一番最悪の人物だったからだ。


『まあ、いつかはバレるとは思っていましたが、少し気付かれるのが早かった。もっと時間稼ぎをしておきたかったのですがね。それに加え、アレを匿っている傭兵がギルドに頼っていないことを考えると、ギルドの恩恵を受けづらい』


そうだ。さすがにガーネットと言えど、傭兵ギルドとタイマンでやり合うのはさすがに骨が折れるだろう。大掛かりな仕掛けを用意しているのならば傭兵ギルドともやり合うのかもしれないが。しかし、どうあれ、あいつら自身で何とかしなくてはならなくなるのは確かだ。


「ガーネットはどんな準備をしているんだ?」

『少なからず、部下を数人と、“真名堕ち”を数匹。実験を兼ねているのでしょうね』

「…下手をすれば戦争だな」

『そうなってくると、我々も動かざるを得なくなる』


ふう、とホワイトのため息が聴こえてくる。どんな表情をしているか何となく想像がつく。この男は、自分の意図しない余計なことには関与しないタイプだからだ。でも、今回は話が大きすぎる。無視していられないだろう。


『…少し、私はあの傭兵を過大評価していたのでしょうかね』

ぼそりとホワイトはそう呟いた。


あの傭兵。<剣士フェンサー>の男。あれは対象外ではあったけれど、一応観察していた。その生活ぶりを見ているだけならば、ホワイトの言うように、評価に値するほどのやつには全く見えない。


あいつに追い込まれてしまったことは不覚だったが、まぐれだったのではないかと思えるぐらい、平凡なのだ。何がどうなって、ああなったのか。分からない。

それとも。


あいつをそこまでさせた、何かがあるのか。それを引き出すためには、どうすればいい?


『まあ、いずれ分かることだ。私もそちらに向かいます。あなたも、準備をしておいてください』


それを最後に、通話はぶつりと切れてしまった。


僕は、シーツだけ敷かれたベッドに横になった。硬くて、寝心地は最悪だが、寝る場所があるだけマシだ。


そう、あの頃に比べれば。何もかもが、天と地ほどの差がある。


だからこそ、平和に浸っているやつらの顔を思い出すと、どす黒い感情がどろりと動き出す。


ああ、でも。

さっき自分で言った、戦争という言葉が頭の中を反芻する。


ガーネットに動かれて、手間を掛けさせられるのは癪だが、ある意味自分にとっては好都合かもしれない。


このどうしようもない感情をぶつけられるかもしれないから。


戦いになれば、この街のやつらも気が付くだろうか。これはまやかしだと。自分の中の苛立ちも、少しは薄れるだろうか。


「ははっ…」

無意識に、乾いた笑いが零れ出ていた。


あの<剣士フェンサー>とももう一度やり合えるだろうか。あの時の緊張感。今でも忘れられない。僕を本気で殺そうとしていたあいつの目。僕を、僕だけを考えて、真っ直ぐに振り下ろした感情むき出しの殺意。


あの瞬間、僕は僕でいられた。存在できていたんだ。


「ふふっ、あははっ、あは、あははははっ…」

笑いが抑えられない。嬉しくて、楽しくて、想像しただけで狂ってしまいそうだ。

いや。


笑っている自分を俯瞰しながら、もうとっくの昔に狂ってしまったんだろうなと思う。


最底辺から抜け出すために、受け取った力と引き換えに。

僕はもう正気じゃいられない。


だから。

何とかしてくれよ、傭兵。


今の僕を、俺を、私を、あたしを、止められるのは、お前だけなんだ。


心臓の高鳴りが、耳元で大きく蠢いていた。

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