漢詩の風景

西久史

一 臨海

五更人聲絶

波濤待曙光

眼前風漸静

晴景紫煙長


五更 人聲絶え

波濤 曙光を待つ

眼前 風漸く静まり

晴景 紫煙長し


 午前四時。陽の昇らぬ漁港には、誰もいない。岸壁に立てば、底冷えがして思わず震える。凍り付くような指先に息を吹きかけ暖を取った。だが厚着をしていても、冷たい風だけはどうしようもない。

 海に向かって吹く風のため、波頭は白く砕けやがて崩れ落ちる。波の音さえ、冷たく聞こえてしまう。もうすぐ夜明けだ。目の前の波濤も、陽が昇れば美しく映えるだろう。あと十分が、切なくまた待ち遠しい。

 日の出が近づくと、海が凪いで風が静まる。あれだけ騒いでいた波が鳴りを潜め、海面も落ち着いてきた。風が止むだけでも、寒さが和らぐ。東の水平線が、少しずつ明るくなった。ここで一句。


 東雲(しののめ)や波おだやかに冬港


 風のない冬晴れの港。陽光のぬくもりが心地良い。気がつかなかったが、岸壁に一人だけ釣り人がいた。こちらに背を向け、煙草に火を点ける。その煙は、細く長く、真っ直ぐに空へ向かっていた。

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