第7話

 パンパンパン。乾いた音が連続して鳴った。至近距離から放たれた9ミリ弾は吸い込まれるように兵士達の頭を穿った。


 兵士はヘルメットを被っていたが、ユウ達が所持している殺人兵器の技術レベルに比べると、彼らが身につけていた薄い鉄板などあってないようなものだった。


「えーと、大丈夫ですか?」

 急に倒れた兵士達の身に何が起こったのか理解出来ていない様子の少女に声をかける。使用言語は英語だ。


「You who are?」

 少女はそう言った。


「やっぱり言語が違うか。参ったね」


「うーん、ユーフーアーでしょお、たぶんあなたは誰ですかって言ってるんじゃない?」


「かな? じゃあ一応英語で問題ないかな?」

「いいんじゃない? それより、早く答えてあげなよ。その子困ってるよ」


「俺達はPMCです。フェンリルという会社に属してます」


「PMC……? フェンリル……?」

 少女はユウが言った言葉を繰り返し不思議そうに首を傾げた。


「……これやっぱり伝わってないんじゃないか?」


「言い方が悪かった気がするケド……ユウが助けるって言ったんだから責任持ってやり取りしてよお?」


「マリアそういうの得意じゃないか。君がやってくれよ」

「やだよ。なんであたしが。あたしは言語学者じゃないもんねー」


 お互い押し付け合いのムードが漂い始めた頃になって、少女が慌てた様子で何かを言い始めた。


 何を言っているのかわからなかったが、繰り返し言われた事で聞き取れた言葉があった。


 ――behind!


 その単語が意味しているところはつまり……。


 ユウは咄嗟にナイフを抜き放って後ろを振り返った。兵士がロングソードを振り下ろすのとそれはほぼ同時だった。


 ナイフとロングソードが鍔迫り合いの形となり火花が散る。体格ではユウが勝っているが、得物の重量の差と上と下という関係で押されている。


「チッ!」

 ユウは体幹を後ろにズラす事で体重を無くし、男のバランスを崩させた。そしてそのまま喉元をかっさばいた。ゴポゴポと大量の血が流れ出る。男は喉元を抑えたまま絶命した。


「……油断した」

「ごめん、あたしも油断してた」

「いや、二人共気付かなかったんだ。相手が一枚上手だった」


 二人は残りがいないか周囲の気配を探った。どうやら今のが最後の一人だったようで、他に気配は感じられなかった。それでも念の為銃は保持しておく。


「Thank you」


 ユウ達が警戒を解いた事を確認したらしい少女がそう言った。落ち着いて確認すると、不思議な魅力を持った少女だった。年の頃は16歳程度だろうか。栄養状態が悪いらしく、肉付きに乏しい身体つきをしている。


 栗色のロングヘアをアイヌの刺繍を思わせるような意匠が施されたリボンを使って後ろで緩く一纏めにしている。なのに、左目を長く垂らした前髪で隠すようにしている。目の色は髪色と同じ栗色だった。


 目鼻立ちは西洋人らしいはっきりとしたものなのに、意志の弱さを表すように眼尻が下がっている。そのため、どこか困り顔に見えた。


「せんきゅーだってさあ。どう考えてもお礼言ってるよねえ。やっぱり言語体系は英語に近いんじゃないかなあ」


「かもね。だとしたら、アプローチの仕方が変わってくる」

「なんとかして彼女からこの世界の情報を引き出しましょ」


「マリアも協力してくれよ」

「んー、私がやるよりユウがやった方がいいと思うケド」


「なんでだよ。面倒事を人に押し付けるのはやめろ」

「そーゆー意味じゃないよ。ま、いいけど」


 含みのある言い方をするマリアに疑問を覚えながらも、ユウは少女に手を差し出した。少女はその手をおっかなびっくり握る。


「近くの村まで案内してくれますか?」

 そう言うと、彼女は暫し考える素振りを見せたが、ユウの周りをうろついていた妖精が彼女に向かって何事か話すと、やがて得心が行ったのか頷いた。


「……ひょっとして君、妖精が見えてます?」


 再び妖精が少女に話す。すると、少女は驚いた表情を見せた後に頷いた。なんだか妖精が通訳みたいだった。


「彼女も見えているという事は、やっぱり俺は正常みたいだ」

「えーマジぃ? まあ異世界だしなんでもアリなのかなあ」


 マイノリティとなってしまったマリアには悪いが、図らずも自身が正常であると証明された事にユウは安心した。そう思ったのだが、


「この世界の人は皆妖精が見えるんですか?」

 ユウはそう少女に問いかけた。妖精が少女に通訳し、少女が話した内容をユウは妖精から教えられる。


「なるほど。安心していいぞ、マリア。この世界の人でもほとんど妖精は見えないらしい」


「やっぱりぃ。あたしはおかしくないもんねー」


 どうやらマイノリティなのはユウ達の方のようだった。


   ◯


 森を抜けると、少しずつ人が整備したであろう道が目立つようになってきた。車輪の跡があるので、恐らく荷馬車か何かが日常的に通っているのだろう。


 道中、少女と四苦八苦しながら会話を繰り返していると、マリアがある法則性に気付いた。


「だから、この世界の言語は単語とかは英語なんだけど、英語ならSVOのところ、主語とか動詞が日本式のSOVなんだと思う」


「つまりどういう事だ?」


「英語だとこれはなんですか? は、What is this? でしょお? だけど、これが日本式のSOVになるとWhatが何、isがですか? thisがこれ。だから、これを直すとThis what is? になるって事。これだとさっきのYou who are? の説明がつくの」


「あー、なんとなく理解した。この世界の言語は英語の単語と日本語の文法がごっちゃになってる事だろ?」


「そゆこと。ものは試しでその子に名前聞いてみたら?」

「You name what are?」


 先程マリアが言ったように単語の位置を入れ替えて質問してみた。すると、少女はユウの言葉を正確に受け取ったようで、「リリウム」と返した。


「すごいなマリア。どうやらその理論は正解みたいだぞ」

「それほどでもあるぅー」


 法則性さえ理解してしまえば多少詰まる事はあっても意思の疎通は出来そうだった。二人は少々詰まりながらリリウムと会話をしていく。


「あなたの事はPMCと呼べばいいのですか? それともフェンリルですか?」

 リリウムはユウにそう聞いた。


「ああそうか、なんて言ったらいいかな、PMCっていうのは会社の形態の総称みたいなもので、フェンリルは俺達が所属しているPMCの名前なんですよ」


「会社、というのはなんですか?」


 ユウとマリアは互いの顔を見合わせた。地球における最古の会社は日本の金剛組という建設会社だが、金剛組は578年創業となっている。会社という概念がないという事は、下手をするとこの世界はそれよりも遥か昔の可能性がある。


「その前に一つ質問したいんですけど、この世界の西暦って今何年ですか?」

「西暦が何かはわかりませんが、今は帝国暦796年です」


「なるほどそうきたか……マリア、帝国って地球でいうと何年前くらい?」


「そんなの紀元前からあるよお。でも、さっきの兵士の装備を考えると、紀元後くらいの感覚でいいと思う。だから地球でいうとローマ帝国とかかな?」


「あなた達はこの世界の人ではないのですか?」

 リリウムの問いかけにユウはここに至るまでの経緯をざっと説明した。


「だから、俺達は君から見て遥か未来の異世界人という事になると思う」


 ユウは話しをそう締めくくったが、何よりもリリウムの興味を引いたのは竜から生き延びる事が出来たという点だった。


「火を吹いたという事は、ユウさん達が遭遇したのは炎竜だと思います。竜は天災です。出会ってしまえばまず生き残れません。よく無事でしたね。先程の音が鳴る魔法のおかげですか?」


「魔法……ああ、銃の事か。いや、残念だけど9ミリ程度じゃどうにもなりませんでしたよ。無反動砲でどうにか肉を抉れたくらいでした」


「肉を抉った!? 信じられません……神話に出てくる神様みたいです」

「一応聞きますけど、この世界に神様は実在するんですか?」


「昔は実在したみたいですが、今は誰も姿を見た事はありません。ただ、その神様の教えを元にした宗教で世界が成り立っている感じです」


 宗教という単語を聞いたマリアは露骨に嫌そうな顔をした。


「どうかしたか、マリア?」

「ん、どうせ都合のいい解釈が入れられた宗教なんだろなーって思っただけ」


「そうですね。帝国が信仰している宗教はアルベロ教というのですが、簡単に説明すると人間が至高という教えです。なので、亜人などは奴隷として利用しても問題ないという教義だったりします」


「ほらねー。帝政で化け物がいるなんてなればその日の食い扶持にも困るんだから、他種族を奴隷にしてるのは見えてたもん。それを正当化するための宗教でしょお、あたしはキライかなー」


「あはは……今は私しかいませんから構いませんが、なるべくその意見は言わない方がいいかと……」


 思い切りアルベロ教を否定するマリアに対してリリウムはなんとも言えない顔をしていた。リリウムはこの世界の人間だがアルベロ教を信仰している訳ではないのかもしれない。


「その帝国ってのはどこにあるんですか?」


「ここからはだいぶ離れたところにあります。大きな城壁があって、魔物も入ってこれないんです。だから、帝国市民は魔物に怯える必要がなく安全に暮らせているらしいですよ」


「魔物っていうのは炎竜みたいな存在ですか?」


「そうです。人間は魔物には勝てませんから、常に危険と隣合わせなんです」

「魔物の生息区域は?」


「基本は先程の森の奥にある川を挟んだ密林ですが、こちら側にもたくさんいます」

「……フレッドが逃げた方角じゃないか」


「んー流石のあいつも死んだかもねえ。なむなむ」

「ふざけてる場合か。なんとかして救出に向かわないと」


「そのためには装備が貧弱過ぎるねえ。一時キャンプに戻って装備を取ってくるぅ? 炎竜がまたあたし達を狙ってきそうだけど」


 現状の装備は9ミリ拳銃が一丁とマガジンが3つとナイフだけだ。これだけで魔物とやり合うのは不安過ぎた。


「せめて小銃があればまともに対峙出来そうなんだけど……」

「当面は情報収集に努めようよぉ。ユウがどーしてもって言うなら付き合うけどサ」


(ここで無理をすればフレッドを救出するどころか二人共死ぬ可能性の方が高い……あいつには悪いけど、装備が整うまで待ってもらうしかないか……)


「……そうだな。情報収集を優先させよう。運が良ければ第二陣がフレッドを救出してくれるかもしれない」


「そーそ、カスミっちが無事脱出出来てたら援軍送ってくれるさ。だから今はお祈りお祈り」


 当面の目標が決まった頃、茅葺屋根の家がポツポツと見えてきた。どうやらあれが目的の村らしい。

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