第2話
大きな駅で特急に乗り換え、さらに遠くへ遠くへ、ナナはいつになく厳しい表情でずっと黙ったまま、そして私もずっとうつむいて黙ったまま、やがて辿り着いた海の見える無人の駅で降りると、ナナが電話でタクシーを呼んだ。
「アカリも俺も、昔はここに住んでたんだ」
乗り込んだタクシーの中で、初めてナナが口を開いた。
「アカリはこの町で結婚してお前を産んだんだよ」
都会育ちの私には奇異に映る、海を見下ろす崖にむりやり家が並んでいるような町へと入り、
「ちょっとスピード落として。
……いたな……くそ」
みかんの木で覆われた崖の近くで運転手に指示を出しながら、ナナは小さく舌打ちをした。
「ミキ、見えるか?
あそこでなんかやってる金髪の作業着の男」
ナナが窓越しに指差した先へ仏頂面の上目遣いで私が視線を送ると、遠くで何か木の手入れをしているような、あまりガラの良さそうでは無い、アカリやナナと同い年ぐらいと見える金髪に髭の男の姿が確認できた。
「……うん」
「そうか。
よし、じゃあ中央駅に行って下さい」
降りるわけでもなく再び走り出させるナナにいぶかしげに首を傾げながらも、運転手は言われるがままにその崖の町を通り抜け、山一つ越えた平地の少し大きな駅の前で車を停めた。
夕暮れに染まる見知らぬ町の駅前で、生まれて初めて立ち食いそばを食べたのを覚えている。
そしてまた特急に乗り、長い長い旅路が始まると、
「さっきの金髪のやつ、ちゃんと見たか?
ちゃんと覚えてるか?」
ナナが少し怒っているような口調で聞いてきたので、私はそれが自分に向けられているのだと思いさらにうつむきながらも無言で小さく頷いたが、
「あれがお前の本当の父親だ」
「え……」
続いたナナの言葉に、床を見詰めながらも思わず声を上げた。
「アカリはあいつと結婚してお前を産んだ。
でもあいつは酒を飲んではアカリをいじめた。
一緒に住んでたあいつの家族は見て見ぬ振りをして誰もアカリを助けなかった。
だから俺が色々手を尽くしてなんとかアカリとお前を連れて一緒に今の家に来たんだ」
そう言って握り締めているナナの拳が細かく震えていた。
「ミキ、これだけは言っておく。
お父さんとか、本当の親とか、そんなことはどうだっていいんだ。
確かに俺はお前のお父さんでも無いし本当の親でも無い。
だけど俺はアカリのこともお前のこともこの世で一番愛してる。
お前たちを守るためなら死んだって構わない。
でも、だから……もしも俺が一緒にいることでお前がそうやって苦しむことになるのなら、俺はもっと真剣に自分の生き方を考えなきゃならないよな」
私は何も答えられなかった。
突然聞かされた衝撃の事実の数々に、思考が追い付かなかった。
ただ、自分でもどういう感情なのかもわからないままに、ひたすらに涙が溢れた。
そして自分の生き方を考えるというナナの言葉の意味するものが、何かとても恐ろしいことのような気がして、ナナのことを横目に窺うことすらも怖くて、家に着くまで、声も無くひたすらに泣き続けた。
「おかえり」
いつも通りに優しく迎えるアカリの顔を見ることもできず、今までずっと騙されていたような気さえし始め、私は黙って自分の部屋に駆け込んで泣き続け、そのまま眠りに落ちた。
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