失言

エリー.ファー

失言

 失われた言葉というものがある。

 そこには文化が閉じ込められ、もう二度と外へ出ることはない。

 いつまでも、内へ内へと進むように指示を受けている。

 言葉は忘れられて、気が付けば最初からなかったことになる。

 存在しなくとも困らない言葉なのだ。

 だったら、最初からなくてもよかったのだ。

 だが、市民権が与えられていた時期が明確に存在する。

 その理由はどこにあるのか。

 言葉それぞれにあるドラマを見ることはできない。

 想像することしかできない。

 必要な知識を得るだけでしかない。

 



「言葉を忘れました」

「いいよ、別に思い出さなくても。会話はできているし」

「そう考えると、言葉とはなんでしょうか」

「どういう意味かな」

「だって、言葉を忘れても会話ができているなんて」

「手段だから」

「手段」

「言葉は手段だ。だから、伝わらないということはない」

「伝えるために言葉を使います」

「使っているというだけで本質ではない」

「本質とはなんですか」

「時と場合による。だから、伝わるかどうかよりも言葉を使っているかどうかを気に掛ける場合は、これは大きな問題になる」

「伝わっていればいいと思います」

「うん、僕もそう思う」

「言葉って、意味があるんでしょうか」

「意味はある。でも、意味がないと思う人たちもいていい。人間が許そうとしないんだ」

「意味が分かりません」

「文化や文明、言葉は自分のことを受け入れない人間のことを無視するだけだ。別に誘ったりはしない。でも、文化や文明、言葉に使用という観点ではなく、精神的な観点で依存している人間は、自分たちと同じように依存していない人間を許さないんだ。自分と同じところに重心がないだけで、怖いんだよ」

「別に脅してもいないし、要求をしていなくともですか」

「そう。脅されているように勝手に感じて、勝手にヒステリーを起こす。それで、問題が起きたと叫ぶんだ。問題なんか発生していないし、平和なままなんだ。何も変わっていないし、何も変えようがない。でも、自分の頭の中で起きた異常事態を外に出さないと生きていけないんだ」

「共有したいということですか」

「そう。不便な考え方だと思うよ。共有しないと観測できないんだ。別に誰が見ていなくても自分が見ていれば事足りるのに、他の観測者を作りたがるんだ。そんな高尚な感情でもないし、誰もそこに可能性を見い出していないし、応用もきかないのにね。情報の発生と、解釈と、利用を自分の中で終えられない。これは、たぶん自分に依存できない人間が持つ特有の病だね」

「自分に依存する、とはどういう意味ですか」

「自分以外になるべく依存しないということかな」

「依存しないことで、どうなるのですか」

「軽くなる。精神的にも、たぶん物理的にも」

「それで幸せになれるのですか」

「多くの幸せの定義を学ぶことができる。結果的に幸せになれる」

「言葉を忘れても幸せになれるし、必死に共有しようとしなくても幸せになれるということですね」

「そう、そういうこと。何もしなくても、何にもなれなくても、何なのか分からなくても人は幸せになれる。というか、そうでなくては幸せにはなれない。いや、幸せから遠ざかる可能性が高くなると言った方がいいかもしれない」

「でも、こうやって会話をしているということは、言葉を利用しているし、お互いに依存しているということですよね。では、幸せから遠ざかっているということではありませんか」

「もし、君がここにいなかったとして、僕はこの結論に到達していた。そして、言葉を使わなくても、理解できない人と、理解できる人に分かれることも知っていた。何も変わらなかったよ」

「それは、人間として寂しくありませんか」

「人間として考えるというのは、世界で一番貧しい思考だよ」

「じゃあ、どうすれば」




「自分を人間ではなく、命と捉える。それだけで良い思考ができるようになる」

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