第5話
お年寄りばっかりと思ってたけど、落ち着いてよく見たらけっこう若くていい男もいっぱいいるじゃない。これはもしかして……。
「オッポルトゥニタ(チャンス)だわ」
小さくつぶやくとアンジョレッタは給仕台を押してゆっくりと歩き出し、壁際の席で一人物思いに耽っている様子の若い男の元へと向かいました。
「ご気分でも?お水も御座いますが」
そう声を掛けてひざまずき、傍らに寄り添うように身を近付けながら上目遣いで心配そうな顔をして見せるアンジョレッタに、端正な顔立ちながら世間知らずのお坊ちゃんといった雰囲気も感じられるその男は、
「あぁ、いや、気が付いたらお偉いさんばかりになっていてしまっていて、どこの輪にどう入っていいものかわからなくなってね。水はいいから、ワインを頂けるかい?」
恥ずかしげに笑って答えると、アンジョレッタの手を取り立ち上がらせました。
「あぁ……恐れ入ります。お体に大事無くて良かったですわ」
答え満面の笑みでおしとやかに会釈し、新しいグラスにゆったりとした動作で深くも透き通るような赤い液体を注ぎ始めたアンジョレッタの横顔を見詰めていた男でしたが、
「君に会うのは初めてだよね?君のような美しい家政婦がいたら絶対覚えているはずだものな。名前は?私はジャンパオロ・ソンメッラ、ソンメッラ銀行頭取の孫の一人だよ」
大広間の遥か向こうで語らっている老人の集まりを軽く指して示しながらも、アンジョレッタからは目を離すこと無く話し掛けて来ました。
もらった、アンジョレッタは心の中でほくそ笑みましたが、おしとやかな所作を崩すこと無くグラスを静かに差し出し、
「ありがとうございます、ジャンパオロ様。私はアンジョレッタ・クロッコと申しまして、ここでお世話になるようになってまだ日も浅いので御座います。本来ならば私のような未熟者はこのような場に参じることなどかなわぬ身ではありますが、なにぶん人手が足りませんでしたもので、至らぬ失礼が御座いますことをどうかお許し願いますよう……」
一歩下がって深々とお辞儀を捧げました。
「いやいや、そんなことは無い。君のような美しい方に給仕してもらえるだけで充分だよ。さ、頭を上げておくれ、美しい顔が隠れてしまうではないか」
ジャンパオロは地中海の男の多くがそうするように女性への褒め言葉を連ね、
「そうだ、君も一緒にどうだい?忙しい時間はもう終わったのだろう?隣に来るといい」
と空いた椅子を自分の横に引き寄せて見せました。
「そんなことをしては怒られてしまいますわ……。でもあなたのようなお方にお誘い頂けるなど、こんな光栄で嬉しいことは御座いませんし、お断りするなどそれこそ失礼極まりなくも存じますゆえ……こうしてはいかがでしょう?二人だけの、秘密ですよ?」
顔を上げ意味深げな甘い笑顔を浮かべたアンジョレッタは、ワインボトルを手に給仕するふりをしながらジャンパオロの脇へと身を寄せ、お互いの耳元に何事かをささやき合うと、
「約束ですのよ?明晩、必ず」
「あぁ、わかった」
一瞬手を握り合って離したアンジョレッタは給仕台へと戻り、薔薇のような微笑みを残してゆっくりと広間の人並みの中へと去り、ジャンパオロはその背を愛おしげに見守るのでした。
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