あやかし少女
綺嬋
前編
「
「う、うん!」
私に呼ばれた晶は慌てて刀を鞘に納める。伸ばした両手の間に生まれた白い光の糸をわたわたと編んで、あやとりの要領で尾をひく五芒星を形作った。
「
あやとりの星は拳ほどの光の弾をいくつか生む。狙う先には車ほどもある巨大な
尾のないこの白狐を、私達は
「待て!
右手の刀を振りかぶる。
宿すは
「
薄紫の剣閃は空尾を追うが、紙一重で当たらない。
もう刀の距離じゃなくなった。納刀して茶色の光で
しかし一足で屋上へと降りた時には、空尾は既に並ぶ棟々の一番向こうへと消えてしまっていた。
鞘を持つ左手に力を込めると、握ったままの掌から現れた無数の黒い糸が刀全体に巻きつき魔法のように消える。セーラー服の土ぼこりを叩いて深く息を吐いた。
「また仕留められなかったな」
「ごめんね
遅れて同じ術で跳んできた
「ううん。私がもっと強ければよかったんだ」
「そんなことない!驪玖は強くてカッコいいもん」
「
人の目に映らない物ノ怪による問題を解決し、現世に留まる霊を導くのが私達綾貸師の役目だ。
数ヶ月前から街で事件や事故が多発しているのは空尾のせいだろう。早く解決したいが、今の私には技量で劣る晶を守りつつ戦うのは難しい。ましてや空尾には逃げられるばかりで、相手にすらされていない。私には綾貸師しか価値がないっていうのに。
私は幼馴染の晶に片想いをしている。
告白はしていない。できるわけがない。
晶は勉強も運動も万能で、裏表のない優しい性格が誰からも愛される人気者。
かたや私にあるのは
全くもって釣り合わない。
でも、晶と共有する綾貸師という秘密で
なのに、一体の
晶に置いていかれる気がして、怖かった。
黙る私に何かを感じ取ったのか、晶は申し訳なさそうにしてから両の拳を握り締める。
「わたしももっと、強くなるからね」
「無理しないで。晶がいなくなったら悲しむ人、いっぱいいるんだし」
「わたしだって、驪玖がいなくなるのは他の誰より嫌だよ」
「ありがと。晶は優しいね」
その言葉も今は辛くて、私は晶に背を向ける。
西の空に、今にも消えそうな細い月が見えた。
‡
翌日。授業が終わるとすぐに席を立った。しばらくは一人で空尾を探すと決めている。晶を守りながらでは無理でも、独りなら戦えるかも知れない。
「驪玖、待って! 今日も行くの?」
廊下に出たところで止められて、半身だけで振り向く。
「あいつを放っておくわけにはいかないからね」
「わたしもいく。驪玖ひとりは危ないよ」
白いカーディガンの袖を握る晶の可愛さに、思わず一緒に行こうと言いたくなる。でも心を鬼にしなければ。口を開いたところで、教室内から声が響いた。
「アキラー! カラオケいこー!」
晶は笑顔と身振りで曖昧に返す。一度も誘われない私とは住む世界が違う。そう感じさせられるのは日常茶飯事だ。
「ほら、お友達が呼んでる。晶も最近戦ってばかりだったし、リフレッシュも必要だよ」
「でも」「でもじゃない。万全じゃないと危険なのは分かるよね」
「……うん。ありがとうね、驪玖」
「いいよ。どうせ暇だし」
「そうだ、ちょっと待って!」
晶は自分の白いリュックについているお守りを外し、命を吹き込むようにぎゅっと抱え込んでから私の黒いリュックに結んだ。既に晶がくれたお守りがついていたので、今は二つが寄り添っている。
私は晶の細やかな気遣いが何より好きで。独占したい欲と晶の素晴らしさを知ってもらいたい気持ちが混ざって胸を満たした。
「わたしがついてるからね。あとこれも」
取り出したのはリボンのついた可愛らしい紙袋。袋を開けて一つを食べると得意気な顔になる。
「うん、驪玖の好きな味! また焼きチョコ作ったんだ。見回りあとにふたりで食べようと思ってたけどあげる」
「いつもありがとう。じゃあ私は行くよ」
「いってらっしゃい、気をつけてね」
学校を出て、昨日の空尾が逃げた方角へと歩く。
十一月の陽は短い。平日の逢魔が時ともなれば、街はずれの広大な自然公園は物ノ怪が視えない人にとっても不気味だろう。その雰囲気に反して、園内にはまだ力のない小さな物ノ怪がまばらにいるだけ。
ハズレだ。後は特訓をしよう。
広場に立って周囲を見渡す。人はいない。帯をスカートの上から巻き、
それでも苦手な技がある。
風に舞う紅葉に狙いを定める。刀を納め、
──綾技、
一閃に全てを込めた居合で葉は四散した。失敗だ。本来なら綺麗に両断されるはず。
頭では分かっている。軌道が荒い。素直さが足りない。己を
『驪玖は強くてカッコいい』なんて、言ってもらえていいわけがない。
「オマえハよワクテなさケナい」
「おマえはダれニもナレなイ」
黒い
「うるさい!」
乱れ斬りが靄を切り裂く。
誰かがいる。足が消えている。生身の人間ではない──!そのまま首に刀を突きつけた。
「その『
穏やかそうな大人の女性の幽霊が微笑む。服装からして現代人だ。それにしても今の一瞬で綾技と欠点を見抜くなんて。
「あなたは一体、何者?」
「私は
「綾を借りる目的は?」
「二つあります。一つ目はここで私を殺した白い妖狐を倒すこと」
「もしかして尻尾のない白狐? そいつなら私も追っているんだ」
「ああ。私が一人で首を撥ねたっていうのに、もうそこまで力を取り戻してしまっているんですね」
夕宇は分かりやすく肩を落として唇を噛み締めた。空尾が首だけになっても死なないのも衝撃だが、一人で追い詰めたというのも凄い。稽古をつけてくれるなら渡りに船だ。
「分かった。夕宇に私の綾を貸すよ。望みのもう片方は?」
夕宇は指先を擦り合わせ、恥ずかしそうに目を逸らした。
「ちょっとだけ、学生生活を堪能したいんです」
「家族の姿を見たいとか、お世話になった人に手紙を残したいとかは……?」
「私、家族とも疎遠でしたし、恋人どころか友達もいなくて。死んでから思ったんですよ。もっと自分から楽しめばよかったなって」
幽霊が言うと説得力がある。でもそれなら私には不向きだ。
「悪いけど、私も夕宇と同じような──」
言い切ろうとしたところで、大好きな顔が浮かぶ。
「いや、友達なら一人いるかな」
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