5、父との模擬戦

 俺は父に模擬戦をお願いした。

 最初父からかかってこいと、言われたときは少し困ったが、話を聞いている限り俺でも父といい試合が出来そうだ。

 父が俺のことをどう思っているか分からないが、なめてかかってくることはないだろう。

 それでも、いい試合が出来ると確信している。


「さあ! どこからでもかかってこい」


 転生前の記憶を持っていなければ、剣のことについて右も左も分からない状態。

 そんな子供にどこからでもかかってこいとよく言えるな。


 まだ力も殆どないし、魔力量を少しは伸ばしているとは言え少ない。

 強化魔法の持続時間はせいぜい三十分程だろう。

 今の本の色は白。

 下手な魔法を使って怪しまれたくはない。

 そんなことになっては過去の二の舞だ。


「では、お言葉に甘えて、能力向上」


 俺は本に魔力を流して魔法名を小声で唱える。

 今回使うの強化のは初級魔法、能力向上。

 この魔法は身体能力を少し上げてくれると言う物。

 使う魔力量によって多少変わってくるが、気休め程度にしかならない。

 そのため、殆ど使われない魔法だ。

 ただ、現在の魔力量が少なく、能力が低いこの体の状態だと、かなり助かる。


 足に思いっきり力を込めて地面を蹴り、父へと向かって行く。

 そこで父がガルド相手に最後に使った攻撃を思い出す。


「やってみるか」


 あの攻撃は転生前、勇者であるグレイスが対人戦をするときによく使っていたことを思い出す。

 剣を教わった時に、どうやっているのかと一度だけ聞いたことがある。

 まあお人好しの勇者は簡単に教えてくれた。

 対象の相手に最大限の殺気を込めて向かって行く。


「面白い」

「何をする気だ!? 父様相手に正面から向かって行くなんて」


 離れている所で、俺と父との試合を見ているガルドが不思議そうにしている。

 まあ分からないだろうな、目の前にいる父以外には。


 父は俺がしようとしている事を分かっていて、正面から受けて立つつもりのようだ。

 そこで俺は一つ手を加えることにした。

 ぶっつけ本番で使うことになってしまったが仕方がない。

 今の魔力量ではかなりギリギリ。

 強化魔法の事も考えると連発は出来ない。


 まずは、父がガルドにしたように、接近したところで殺気を一気に父に向かって放ちながら、一瞬で父の背後を取る。


「そうか。だがそれではわしに一撃を与えることは出来んぞ!」


 父は、俺の行動読み背後を振り向く。

 殺気で作り上げた幻影に騙されなかった。

 だがここまでは読み通り。

 この攻撃は相手に読まれてなければ成功するが、読まれていると成功しない。

 それは分かっている。

 だからこそ俺は、今の自分が持つ魔力量の半分を消費する魔法を発動する。


 転生前はこの魔法に何度となく救われた。

 自分に使うこともあったし、仲間に使うこともあった。


 父は、背後の俺に向かって木剣を振る。


「!!」


 木剣は俺の体をすり抜ける。

 そのことに驚いている父。

 その間に俺は父の背後に再び回り込む。


「いつの間に」


 俺は剣士ではなかった。

 そのため殺気の出し方は知っていても、消し方まではうまくない。

 転生前は魔法で行っていたが、今はそんなことに回している魔力はない。

 そのため、背後を取れたが気づかれてしまった。


「流石だね父様。でももう遅いよ」


 俺は突きを放つ。

 これが当たれば父から一本取れる。

 そう思ったのだが。


 俺の攻撃はあっさりと躱されてしまった。

 そのことに驚きもしたが、気づくと強化魔法が解けている。

 それに魔力を限界まで消費してしまったために、息が上がってきている。

 さっき使った闇魔法の幻影が、思った以上に俺の魔力を持っていったようだ。

 闇魔法の中でも中級に当たる幻影の魔法。

 相手に幻影を見せる事が出来、意識をそらしたりするのに役に立つ魔法だ。

 転生前の魔力量なら気にせず使えていたが、今の魔力量だとなかなか厳しい。

 それに強化魔法まで解けてしまった。


「はぁ~、はぁ~、やっぱり強いね」

「何を言ううか! お前がここまでやるとは少し驚いたぞ。ここまでにしておこうか」

「はい」


 父が称賛の言葉を掛けてくれた。

 素直に嬉しいが、勝てなかったのは悔しい。

 実際に勝てないとは思っていたが、それでももしかしたらと希望はあった。

 転生前に使えていた魔法も全て使える。

 それに魔力量を増やすためのトレーニングをしてきた。

 だから、少しでも可能性があるのではと思っていたが、やはり無理だったようだ。


 でも、希望は見えたし、今の自分の力は分かった。

 それに、これは少し嬉しい誤算だが、剣が体に馴染む。

 転生前ではこんなことはなかった。

 もしかすると、四歳であるこの体のせいなのか、それとも転生して手に入れた新しい本のせいなのかまでは、分からないが俺としてはとても嬉しいことだ。


「なんでお前が父様からそんな言葉を掛けてもらえるんだ! 俺だってそんなに褒められた事はないんだぞ!」


 一息ついている俺の元へやってくるガルド。

 正直かなり疲れていてかなりうざい。

 だが、そんなことお構いなしとばかりに言ってくる。


 どうしたものかと思っていると、


「ガルド何をしている! お前はこれから剣の稽古だ! 早く来い!」

「わ、分かりました」


 大きな声で返事をする。


「覚えていろよ」


 ガルドは俺にそれだけ言って父の元へと向かって行った。


 やっと一人になれたと、俺はその場で仰向けになって倒れたまま寝てしまった。

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