アート・オブ・ボマー
遠矢九十九(トオヤツクモ)
第1話
都心から一時間ほど離れた郊外の山中に、木立や雑草に埋もれた木造の倉庫風の建物があり、半分ほど開かれた扉から薄明かりが漏れ出していた。
その光に誘われるように一つの小さな人影が揺らめき現れ扉の内をそっと覗き見ると、室内は大小の桶やダンボール箱、よくわからない工具の類がごちゃごちゃと散らかり、その中心にある作業机に向かって一人の痩せた男が黒い粉末を木さじですくい容器に移し、そこへスポイトを用い慎重に透明な液体を垂らしている姿があった。
しかし覗き見る彼の目にはそれが何の作業なのかまではわからず、慎重に厳重に何らかの調合を繰り返す男の手元を食い入るように見ているうちに、いつの間にか扉に寄りかかるほどに身を乗り出してしまっていたらしく、立て付けの悪かった引き戸の扉がふいに大きな音を立ててはずれて倒れた。
「あぁ!?誰だ!?」
大声を上げて作業台の男が扉へ首を向けると、そこには扉と共に地面に倒れながらも無言で男を真っ直ぐに見詰めている少年がいた。
「ちっ!くそ、ガキかよ!!
てめぇいつからそこにいやがった!?
てめぇ一人か!?
っざけやがって!!
立てオラッ!!」
素早い手付きで薬剤をそれぞれの容器に戻し蓋を閉めた男が少年へと駆け寄り、その胸ぐらを掴み上半身を持ち上げながらもう片方の手に拳を握り締め振り下ろす、が、拳は少年の顔を殴打する手前で止まった。
男が殴りつける間でもなく、既に少年の顔はアザや傷で覆われていた。
「っんだ?てめぇは。
夜中に山遊びして崖からでも落ちたか?」
男の問いに少年は感情を伴わぬ強い視線を向けながら無言で首を横に振る。
「ダチと殴り合いでもしたか?」
その言葉にも同様。
「じゃあアレか?
家出か?
暴力親父にシバかれて逃げ出してきたクチか?」
相変わらず無言のままだったが、少年の目は真っ直ぐに男へと向けられ動かなかった。
「はぁ……めんどくせ……」
男はため息をつくと少年から手を離した。
「あのなぁ、そんなこたぁお前ぐれぇの年にはよくあんだよ。
だが馬鹿親なんざいくら相手しても時間の無駄だ。
てめぇで生きる道をさっさと探しな。
わかったら帰れよ、うぜぇな。
あぁ、ここのことは誰にも言うんじゃねぇぞ、ソッコーでぶっ殺すからな」
言い放った男が立ち上がり作業机へと戻りかけると、
「……何作ってんの」
少年がかすれた小声で尋ねた。
「あぁ?なんだよ、喋れんじゃねぇか。
気にすんな、お前には関係ねぇ」
「それ……火薬、だよね……花火と同じ臭いがする……。
もしかして……爆弾……?」
「は、漫画の見過ぎだ、ガキが」
「爆弾だったら……俺に分けてくれよ、作り方教えてくれよ」
「あぁ?ガキがナメたこと言ってんじゃねぇぞ?
理科の実験のおもちゃじゃねぇんだよ!」
「本気だよ!それで何もかも……全部吹っ飛ばしてぶっ壊してやる……!」
その強い語気に思わず振り返ると、相変わらず真っ直ぐに男を見詰めるその目には先ほどまでとは違う光が宿っていた。
「なんだぁ?
暴力親父への反抗期が行き過ぎて世の中丸ごとってか?」
「違う……。
俺は小さい頃親に捨てられて施設に入って酷い目に遭って別の施設に移されて、そこでもまた同じで、でも被害者は俺の方なのにその度に何度も迷惑そうな感じで色んなとこをたらい回しにされて、そしたらある日急に今の家に放り込まれて、毎日毎日そこのやつらにも……。
でも誰も助けになんか来ない。
この世界に俺の味方なんかいない。
この世界にまともなやつなんかいない。
この世界に俺なんか必要とされてない。
だからこの世界を全部ぶっ壊して俺も死ぬ」
「は、ガキがガキらしい末期思想だな。
その年で大した経歴だぜ、マスコミにでも行った方がいいんじゃねぇのか?
金にもなるぜ?」
「人間なんか誰も信じられない。
みんな消えて無くなればいい」
男を見上げはっきりと言い放つ少年に、男はしばし沈黙していたが、やがて、
「……ちっ……類は友を呼ぶ、ってか……?」
つぶやくと少年の前にしゃがみこんで顔を近付けた。
「てめぇよぉ、世界をぶっ壊すって意味わかってんだよなぁ?
無差別大量の人殺し、テロだ、重犯罪だ、捕まりゃ死刑だ」
「……捕まらない。
捕まえに来たやつも全員吹っ飛ばす」
「もう二度と普通の世界にゃ帰れねぇぞ?」
「普通の世界に、帰る場所なんか最初から無い」
「は、重症だな、救いようがねぇわ」
男が呆れた笑いを浮かべて立ち上がると、
「救いなんかいらない」
少年もそこでやっと立ち上がった。
「……お前、名前は」
「アキラ」
「俺は……シドだ」
「……変な名前」
「あぁ?
ぶっ殺すぞガキが。
今思い付いた適当なもんだ、意味なんかねぇ。
あーあ、めんどくせぇ……。
疲れたし、とりあえずメシだな」
シドが立ち上がり作業場の奥へと歩き出し、扉を開いた向こうにあるもう一つの建物へと入っていくと、少しの間の後にアキラが無言で追っていった。
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